ENo.0325　"Black Star"

【8週目】

「天に虚空、地には暗闇、そしてこの世は虚像か……」

　空を眺めながら呟く。あいにく、遺跡の天井が見えただけだが。それにしても馬鹿馬鹿しい、だから何だというのだ。戦いに意味など求めるのは愚者のすることだと私は考えている。私が”Black Star”という個であった期間——つまり記憶を失ってからの5年間——だけでも、よくわかる。この世界の戦争とは、つまり資源と人的資源の獲得であり、市場の支配であり、そして物資の消費によるマーケティングの加速と雇用の確保であり、それらのために行う手段なのだ。イデオロギーを大真面目に唱え、そしてそれを信じるのは愚か者のすることだった。

　それが何だ。今更『世界を救う』『自己を保つ』『全てを手に入れる』だと？ 企業の連中は今までどれだけの命をゴミのように捨ててきたか忘れているのだろうな。奴らは何のために死んだんだ？ 奴らもその崇高とでも言いたげな馬鹿馬鹿しい目的のための礎のつもりだったのか？ 口の中がとても苦々しい。

「貴様らも、そしてこの俺も虚像だというのなら、なぜこの世界の滅びから逃げ出すつもりなんだ？ 結局、手前らの命が惜しいだけじゃないのか……」

　思わず口に出てしまった本音。そう、結局あのご立派な大志の本質など、その程度だ。この世界が偽物だというのなら、結局ここの住人だって偽物なのだ。ならばこの世界と共に滅べばいいじゃないか。それを嫌だと言っているのだ、奴らは。要するに死にたくないってだけじゃないか。それをあんなにこの世界のためのように語るなど……

　そこまで思考が回って、なぜ私がここまで苛々しているのかと疑問に思った。きっと——きっと、今までの私の行動が勝手に奴らの『大いなる目的』のために組み込まれていることが、非常に腹に立ったのだろう。いや、もしかしたら違うかもしれない。ただ、私はただ戦っていただけだ。私のために。記憶を取り戻すために。

　そうか、わかった。私は私のことで手一杯だからだ。

　ハハハ、乾いた笑いが出た。遺跡らしい湿った風が吹いてきた。あのラジオ、先週聞こえてきたどこか聞いた覚えのある声のあの男はどうなのだろう。なぜか、そう考えた。なぜかは分からない。結局、何か思い出せそうで、でも何も思い出せずじまいだ。

　そして私はこの遺跡内の電波空白地帯へとたどり着き、手持ちラジオの電源を入れる。あの混線が、ここでならもしかして。また聴けるかもしれない。そう思って空にかざした。頼む——

　だが、聞こえるのはいつまでもノイズだけだった。

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かつて残存領域に存在した兵器研究開発機関らしいが、正式名称は忘れ去られ、その標識も掠れてほとんど読み取れない。そのため、資料に残されたそれっぽい名前が当てられ、トレードマークも掠れたものをそのままコピーして使っている。当時の人員は全て撤退してしまったが、旧基地に残された試作品や資料は未だに多く残っている。少なくともしばらくの間は、ここの遺産が尽きることはないだろう