ENo.0044　ロウシャ・ゼイルストゥラ

　打放しのコンクリートで固められた柱にもたれて、ロウシャはうたた寝をしていた。

　彼は自分の部屋の他にも、どこでもすぐに眠ってしまう癖があった。それは格納庫の道具箱の上であったり、自動販売機の隣であったり、操縦棺の中であったりした。
　一度寝付いてしまえばほとんど熟睡と言っていいほどに深く眠ってしまうため、声でもかけられない限りはまず起きられない。


　……あらかたの原因は病だ。

　数年前に病を患ってから、彼の自由はなくなった。

　体がねじ切れるような苦痛に襲われる日が続いた。まともに食事を摂れなくなった。自分の足で駆けるだけの力は失われた。
　しばらくして、右の耳が詰まったように音を拾わなくなった。それに倣って右の目も色すら視えなくなった。進行につれて、右半身が思い通りに動かなくなる日がほとんどになった。……終には自力で歩くことさえ難しくなった。
　当然体力も失われている。今の彼には、格納庫と自分の部屋を往復するのでさえ休憩が欲しくなるほど遠く感じられた。

　そのため、リハビリと称して散歩に出ても、こうして途中で休憩して、そのまま眠りこけてしまうことばかりだった。


　「……」

　不意に、ロウシャは目を開けた。
　珍しいことに、今日の彼は通りすがりの人間に声をかけられずとも目覚めた。

　「雨のにおいがする……」

　彼を起こしたのは、降り始めたばかりの夕立だった。


　「……羊を小屋に入れないと」

　まだ半分寝ぼけたような表情で呟いて、杖を手に立ち上がる。
　……立ち上がろうとするも、今日もすんなりとは立てなかった。そこでようやく気付いて、目をこする。

　「違う……何言ってんだ、俺……」

　自分がすべき仕事はもう羊の世話ではない――ハイドラを駆ることだ。
　わざわざポケットからライセンスを出して確認すると、今一度杖を突いて立ち上がった。ずぶ濡れになる前に屋根の下に引き上げられたのは幸いだったと、次第に濃い色になっていく地面を見つめながら考える。


　「俺も、家に――」


　続きを言いかけて、首を横に振る。
　……もうそれは、叶わないと諦めていた。


　「……部屋に、戻ろう」

　自分に言い聞かせるように呟いて、足を引きずりながら歩いて行った。


　……不思議と、一週間前に折った足は完治していた。



　- vital signs -

　T : 37.3
　P : 73
　R : 100 / 80
　BP : 13

　足は治ったが今度は熱っぽい。
　そんなに雨に当たったつもりはなかったが……。

何らかの理由によりハイドラに縛りつけられたライダーが集まる。掃き溜めとも言う。
　
一部メンバーの素行不良により世間からの評判は芳しくない。

音楽専念。