ENo.0261　Solitus

――アイドル的な存在といわれても、なあ。
届いたボイスメールの確認をしていたカナエの脳内に浮かんだのはその一言だった。

残像領域にやってきてから24週目。
来たばかりの頃は殺伐とした印象がある残像領域だったが、他のハイドラライダーとも言葉を交わしたりするようになり、時も経ってきた今、少しずつ違う顔を見せるようになってきたようにも感じる。
今回カナエたち――正確にはハイドラライダーとして活躍している者全員だろうが――に送られてきたボイスメールもその一つだ。
コロッセオに参加している者もそうでない者も、今ではハイドラは憧れの的になっている――カナエたちが残像領域に来たばかりの頃は耳にすることがなかった言葉だ。
最初はハイドラライダーも、ウォーハイドラも、人々から恐れられる存在だと思っていたのだが。

「……まあ、時間の経過と共に世界の様子が変わるのは知ってたことだけどさぁ」
「……急に変わったように、感じられる？」
「そういうこと。なんだか落ち着かないよねぇ、こういうのは」

隣でマグカップを両手で持ち、紅茶を飲んでいたソーナの言葉に頷く。
ただ単に自分が戦場での日々に集中しすぎて世界の様子にあまり目を向けていなかった可能性もあるが、なんだか落ち着かないものがある。
特に自分は逃亡者だ。この世界に霧の眼のカナエを知っている者はいないし、過去に何をしていたのか詳しく知っている者はいないが――他者の目を気にして捕まらないように逃げ回る生活のほうが長かったため、他者から注目されるというのは落ち着かないものがあるし、不安になる。
自分が見つかればソーナは機械塔に連れ戻されることになるだろうから、余計に。

「ついでに歴史を動かしかねない存在っていわれても、そっちもぴんと来ないよね」
「……テイは、元の世界の歴史を動かすほどの事件は起こしたから、そういわれても仕方ないと、わたしは思うけど……」
「えー……いやだってさぁ……あれはさぁ……」

どう考えても歌姫の扱いがおかしかったし……と、ごにょごにょと言葉を紡ぎながら、カナエは端末を置いて自分の分の紅茶も用意を始める。
本来ならマグカップではなくティーカップで淹れるのが最も美味しい飲み方なのだが、肝心のティーカップは残像領域に来る前にうっかり割ってしまい、そこから気に入るデザインのものが手に入らないままなので仕方ないのだが――こういうときに適当なものでもいいから買っておけばよかったと感じる。
すっかり慣れた手つきでマグカップを温め、ティーバッグを放り込んでお湯を注げば、少しの時間のあと、ふわりと紅茶の良い香りがカナエの鼻をくすぐる。
気分を安らがせる紅茶の味と香りを楽しみながら、カナエは小さく息をついた。
――あんまり面倒なことにならなければいいのだけれど。本当に。