ENo.0534　ジル・スチュアート

・・・

朝。
目が覚めると、私はしっかりと布団の中で眠っていた。
……記憶が確かなら、私は、布団に倒れこむようにして
そのまま眠ったはずだけど……。
うっすらとある記憶には、誰か……居たような……
……鍵がかかっていたはずだから、気のせい？

ええと、とにかく。
コロッセオが終わって。
私たちのチームは、無事に勝利することができた。
運よく、犠牲者もほぼ出ることがなく（……とはいえ、今回は本当に死ぬことはないんだけれど）
戦闘時間も、終わってみればそこまでとんでもない時間がかかっていたわけではないらしい。
……それでも、通常の戦闘とは比較にならないくらい長く。
私自身も、終わってみるまでどれほど時間が経過したのか、想像もつかなかった。

初の試みであるティタンフォートは、あまり成功したとはいえないけれど
でも、最後まで立っていられる人が多かったから、それでいいかな……。

―――私は。

・・・

アナウンスが勝者の名を読み上げる。
見事に勝利した私たちに、観客席からは拍手や、雑言など、いろいろなものが投げかけられた。

ミッションでは、出会う事のないような強敵。
全てが終わるまで収まることのない不安と、緊張。
未だに呼吸が整わず、肩で息をする私は。
……辺りを見渡して、改めて確認した。
”そこ”には、煙を上げてもはや動くことはないハイドラが転がっていた。

ああ、そうか――。

これが、殺し合いなのだと。
命を天秤にかけていない、このときでさえ。
突きつけられた切っ先からは。
冷たい殺意を、感じた。

「……でも」

私はまだ、この場に立っている。
なんとか、落とされることを免れて。
大丈夫……私は、たたかっていけ――――

「―――ッッ！？」

ドクン、と、大きく心臓が跳ねて。
思わず、左目を手で覆った。
少し遅れて、慌てて通信を切る。

戦闘が終わり、落ち着き始めてきたところで。
”それ”は、襲ってきた。

痛い

痛い　痛い　痛い

歯を食いしばって、再び通信をオンにして。
みなには先に帰る旨だけを伝えて、再び通信を切った。
……変に、思われたかもしれない。
だけど、それどころじゃなかった。

ハイドラを起動したまま”この眼”の接続を切るのは危険だし
ここで突然、一時停止させるのも不自然がられるかもしれない。
だから、少しでも早く自室へ戻ることしか考えられなかった。

左手で左目を覆いながら、空いた右手で操縦桿を握る。
揺られていると、まだ生きている、と実感が沸けたハイドラが伝えてくる振動も
今だけは憎らしく感じてしまう。
少しでも早く帰りたい、という思いをなんとか抑えながら
なるべく安全な速度で自室を目指した。

・・・

自室の隣にある整備室へZukunftを乗りつけ、頭を下げさせてからスリープ状態にし
耳元のジャックからコードを抜いて、コックピットのハッチを開く。
いつもなら、大したことはない高さのはずなのに
今の状態で、片手で降りるのは簡単ではなかった。

ふらつきながら、整備室から自室へ移動して
そのまま一直線にベッドへと向かい、仰向けに倒れこんだ。

手術が終わり、療養を経てからの5日間。
Zukunftの中で”この眼”起動して、少しずつ慣れさせていた。
ただぼーっとしているだけじゃなくて、ダミーとの訓練もした。
……もちろん、実戦は今回がはじめてだけど。
でも……15分くらいなら。
15分くらいなら……大丈夫、その……はずだったんだ。

「う……うぁ……くぅ……」

左目を抑えたまま、ベッドの上で蹲る。
いわれたとおりに、薬も飲んだのに。
それでも……実戦の
しかも、強豪が集まるコロッセオでは。
訓練とは比べ物にならない負荷がかかっていたんだ……。

―だからこれは、償いなんです―

あの言葉にうそはなかった。
……私が、納得したかっただけ、というのは否定はしない。
でも、甘い気持ちで言ったつもりなんてなかった。
なかった、はずなのに……。


部屋には、夕暮れから夜中まで

少女のくぐもったうめき声が響きつづけた……

・・・
本人には、何がどこにあるのか分かっているのかもしれない
しかし、傍から見たそれは
乱雑に散らかっているようにしかみえなかった
・・・