ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『終末になると巨人が現れる』。
『その辺の本にもよく書かれてることだな』。
『で、“勇者”が現れて……で？』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。

『人類が生まれるはるか前、氷河期があったそうだ。それの再現か、あるいはあれそのものが“そういうこと”だったのか』。

　熱気の隙間を縫って寒風が吹いてくる。
　携帯電子端末の画面には、白く霜がこびりついたような景色と空に手を伸ばすばかりの巨人が立っていた。
　《禁忌》を上回る脅威。とりわけ畏れを忘れた企業連盟が、今頃は祈りを捧げている頃か。あるいは現状から逃げるように目を覆っているか。

『昔のことはどうでもいい。今のことだ。今について追求しろ』。
『そうだな。アップデートされていく仕様、追加されるシステム／ユニット……エトセトラ。
　俺達はこれのすべてを知ることはできない。だから、今は今のままでいいのさお前は』。
『今のままでもイケるのか？』。

　仄かに光る画面がスライドすると、文字の羅列が表示される。
　タップするとフォルダごとに分けられた文章を排他して一つのメッセージが強調された。

『“回帰する”か』。
『そいつに何の意味もねえ。有象無象の一つ、意味深なだけのメッセージだ』。
『ともかくだ。攻撃や防衛は他の連中に任せていい。ここまで練度が上がっていると、流石に食いっぱぐれるからな』。
『一応、奴らの前で踊れるには踊れるがね』。
『それはそれで結構。お前のダンスは一流だ、敵も見とれて手元を疎かにしちまうぐらいにはな』。

　極まった棺桶（ハイドラ）に当然敵うはずがない。暴力こそがすべての世界であれば、真っ先に男は殺されているだろう。
　ただ、そんな原始的な戦争でもないのもまた承知の上。男には男なりの戦い方――本人はとても楽だと言うが――バックアップに戦法を固定してもいいのでは、という話だ。
　細かい情報は相変わらずデータに長けた男に任せきりの棺桶乗り（ハイドラライダー）は、目まぐるしく変わる中でも平坦な調子で次の出撃に備えている。

『新しいパーツがどんどん開発されてるのに、全く導入しないってのもどうなのヨ？』。
『あのなあ、どう考えてもお前が使い忘れるだろそれ』。
『アハ』。

　近日も領域瞬間霊送箱（グリスター・ユニット）がマーケットに出品されている。目もくれておらず、ずっと同じようなアセンブルを繰り返しているままだ。
　男は好奇心旺盛でも勤勉でもない。棺桶は慣れた構成が一番だ。
　――ともすれば、と口端を上げて情報屋は嗤う。

『支援要請ってのは、どうだ』。

　ぺらっと出した一枚の紙にびっしりと文字が並んでいる。その紙には、空挺の絵図が綺羅びやかに描かれていた。
　企業連盟に連ならない、独立した所による戦力の一部貸し出し。
　最も、それを目の前に突き出された男は睥睨しているわけだが。

『――おい、これ、“戦果の取り分”も奴らが持ってくって書いてあるだろ？』
『――』。
『目ェ逸らすンじゃねェ。俺には関係無いところの戦果だけどヨ、それでもって恩恵が最大限あるようにも思えねえ』。
『まーな。ある意味じゃ嫌がらせ足りうる』。

　目ざとく見つけた箇所に対して指摘を入れれば、紙を掲げた男は速やかに裏返して机上に置いた。どうやら中身に拘らずこの支援の紹介によって、仲介料を取る心算だったようだ。
　別にも要請できる部隊があるが、それもまたこちらの取り分が減る。無意味とは言わないが、戦場の人間で嫌がる輩は居るだろう。
　当然棺桶乗りは却下した。

『折角最近は収入がいいんだからよお――』。
『いい酒飲むかァ！』。
『だな』。

　それからもう一つ用途はある。
　“賭け”だ。
　全く以て、戦いには関係のない用途先ではあった。