ENo.0579　オルハ・Ｄ・マインド

落ちた機体からあがる黒煙と、アラクオーンから噴き出す霧。
二つは交わるようで混ざらない。

攻撃は何度もアラクオーンをかすめるように向かってくる。
それを時には霧を吹き出しながら、時には旋回しながら避ける。

隣ではそれを避けきれずに落ちる、知らない誰かの機体。

オレが行ったその戦場では、最後に残った味方の機体はたった二体だけだった――



生き残ったと安堵したのも束の間。
落ちた機体からあがる黒煙が自分にアラクオーンの隙間から入るように、
棺の中が煙で満たされる。
苦しくて、息が出来なくて、纏わり付くような煙は人の形のようにも見えた。

酸素を欲する、でも息をすると黒煙を吸い込んでしまう。
体の中に入った煙が内側から。棺の中満たされる煙が外側から。
オレを責めた。

ナンデ　オマエダケ、生キテル――？？？

破壊した研究所から鳴り止まないアラーム音が響き渡る。


「…ッ、ああぁーーー！！」
アラーム音が止まない。どこから…。
そう思えばベッドの上、足元に転がるコマルが起床時間を知らせていた。
「ここ、は……」
見慣れないベッド。ぐるり見渡す。といっても、見渡すほど広い部屋でもないけれど。
どこだったか、ぼんやり思い出す。
そう、そうだ。チカに衣食住ありで雇われて――その部屋だ。
「ああ、そうだ…夢だ……」

二人残っただけの戦場は現実だ。夢じゃない。
どこからが夢で、どこまでが現実だったか。曖昧になる思考。
作戦は成功した。仕事はした。でも――


チカに雇われた「タカムラ整備工場」その格納庫を一つ借りた。アラクオーンを入れる為だ。
ぼんやりと自機を眺めていた。
作ったときからずっと多脚で、他の脚に比べると物が随分と乗る。
脚が沢山あるってことは、その分だけ重さが分散する。だから重くてもなんとかバランスが取れる。
作った廃材から色んなパーツをつけかえて、見た目はさほどかわらないが、最初の頃に比べると中身はもう何一つあの時のパーツは残っていない。

この世界はハイドラライダーに憧れるヤツがかなり居るらしい。
来てからしばらくして気付いたことだけど、貧富の差って言えばいいのか？
収入で言うとハイドラライダーの稼ぎはかなりのものになるらしい。
でも、だとしても、これを嬉嬉として目指すヤツとはオレは気が合わないかもしれない、そう思える。
ここしばらくの日々は特にそう感じた。

命と引き替えに、大金がほしいだなんて――

「……はぁ」
ため息一つ、ついた時だった。急にほっぺに何か当てられた感覚。
「うぇあぁあ！？」
冷たいか熱いか一瞬判断できなかった。でも、それがすぐに冷えた缶ジュースだと分かった。
「ここにいましたか」
チカがオレの頬にあてた缶ジュースを差し出してくる。
「雇って早々にサボりだなんて」
「ご…ごめん……」
「冗談です。――大変、だったでしょう？戦場で」
「……ああ、まあ」
生返事で返しながら受け取った缶ジュースに口をつける。甘い味がしてる筈なのに、どうにも考えがまとまらないせいか苦みの方が強く感じられる。
「でもオルハさんの機体は、ほとんど傷がついてないですね」
「……運が、よかった」

前半か中盤にかけて、相手に大ダメージを与えてくれていた機体があった。
でもその機体は残り四体になったとき、目の前で落ちた。
だからこそ、生き残ってる自分が戦果を持っていくのが、横取りしてしまったような気持ちになる。

チカはオレの言葉を聞いて小さく笑った。
「運ほど戦場でアテにならないものはないですよ」
「……」
それからアラクオーンを見る。
「確かに戦闘のスタイルは多岐にわたりますが、それは人がそれぞれ選んだものです」
「……それは、そうだけど」
「見れば分かります。オルハさんの機体、手を抜かずに手入れしてある。運だけではこんな風に帰ってくることは出来ないと思いますよ。日々の賜物でしょう」
「たまもの……か」
不思議な物で、なんとなくだけど、チカにそう言われてからもう一度見れば、アラクオーンはどことなく誇らしげに見えた。
「――だからこそ引き抜いてじゃんじゃん働いてほしいと思ったんですけどね」
「あっ、はい…すいません……。ちゃんと働きます……」
「いえ、ご無理なさらず。落ち着いたら来てください」
「……ありがと。…ジュースも」
「気にしないでください。つけときますから」
「えっ！！？」
「冗談です」
そう言って去って行くチカの背を見送る。きっと仕事があるだろうに心配してわざわざ来てくれたんだろう。

「良い奴だよな」
床に転がるコマルに投げかける。
「……みんな、さ」
ここに来てよかったことは、周りで話をしてくれるヤツが良い奴だってことだな。それだけで救われてる。
「オレもちゃんと働くか」
立ち上がり、行こう。


そう思った矢先だった。

立ち上がった筈の膝ががくんと崩れるように床に付く。
突然込み上げる咳と弱い吐き気。
「…ゴホッ、がっ…うぇっ……、な…なんで……」
体が落ち着くのを待つ。でも頭の中ではぐるぐると自分に何故、どうして、という疑問。

だって、この発作のような症状は、オレが生前の――

「マジ…かよ……」

死んだ数日前からやり直したような体。
残りの寿命を引き延ばしてここまできた。
その延ばしに延ばした寿命の残りが、

止めていた筈の時間がここにきて急に加速するように動き出した。

オルハが臨時で作ったユニオン。
反応をあげ隊。