ENo.0452　レイン・ロックサイド

　僚機になって欲しい、彼女へのその申し出は受理された。
ネリー・アイシャムがその申し出を受けてくれた理由は分からない。
出会って間もない人間の心の機微を察せられるほどオレは器用ではないからだ。

ネリー・アイシャムからは、僚機の申請を受ける代わりとして不可解な条件を出されたが、すぐに彼女自身がその条件を撤回した。
酒に酔っていたようだし、その条件は心底望んだものでは無く、刹那的な感情に突き動かされたものだと推測できる。
ルートを失ったことからくる一時的な精神の動揺だろうか。
だとすれば、僚機になって欲しいと頼んだことは彼女にとっては迷惑ではあっても、必要な事だったのかもしれない。
戦場に不安定な精神状況で出撃するなど自殺行為なのだから。

お荷物が居ると言うことは、面倒なことであるが、一方で自身への自制を強める。
今回の場合、お荷物と言うのはオレのことだが…彼女にとっては冷静さを保つ材料になって貰いたい。
一方、オレはオレでお荷物でありながら、本当のお荷物にならないように頑張らねばならない。

ネリー・アイシャムはオレのことをランストラの騎士だと知っていたようだが、その内情までは知らないだろう。
確かに一族ロックサイド家は騎士の家系で、オレ自身もハイドラの訓練も欠かしていない。
だが、先の禁忌戦争が終わった直後、ランストラ国内で勃発した大きな政変…それによりロックサイド家の騎士は壊滅的な被害を受けた。
実戦経験が有った者達の多くは命を失い、そうでない者も引退を余儀なくされてしまったのだ。

だからこそ、オレが現ロックサイド家の後継者である訳なのだが…。
このオレ自身は先の政変でも出撃を止められており、実戦の経験は無い。
企業間抗争という実戦の中で勝ち抜いてきた腕利きのライダー達を前にどこまで戦い抜けるものか。
ただ、彼女の足を引っ張る無様だけは晒したくないな。

…
……
………

　トゥルルルル…

　ピッ。

「はい、レインです。」

「僕だ。そちらの状況を報告してくれ。」

「ルートの僚機だったライダーに接触しました。
　頼み込んで実戦での戦いを学ばせて貰うことにしました。」

「そうか、ルートはどうだった？」

「…穏やかな死に顔でした。
　死因は精神攻撃の類を受けたものらしく、遺体に肉体的な損傷はありませんでした。
　正直に言えば、企業の悪辣なライダーの扱いに憤りを感じています。」

「フブキ・ライダー斡旋商会…か。
　いずれ僕らが力を得た時には、どうにか報いを受けさせるとしよう。
　では、引き続き遺跡の調査を頼む。
　…オマエも気を付けるんだ。」

「は、はい。」

　通信が切れる。
彼が私に気を付けろと言うとは…思いがけぬ言葉に戸惑う。
近しい友を失ったことで、彼の心境も揺れているのだろうか。

………
……
…

「……キアさんですか？」

　男の声が通信機越しに聞こえた。

「お久しぶりです。このホットライン、まだ残しておいてくれたんですね。」

　暫く沈黙が続く、通信機越しに息遣いは伝わってくる。

「要件は…そうですね、久しぶりに声を聴きたくなった、じゃ駄目ですか？」

　微かに笑う声が聞こえる。同時に苦しそうな呻き声が漏れ聞こえた。

「……久しぶりに声を聴けて良かったです。では、また。」

　一方的に通信は途絶えた。

アズエルド家

　残存領域辺境のとある王国に権力の地盤を有する貴族。
現当主は病に臥せ、次期当主とされるアロー・アズエルドが当主を代行中。

　政変前は王国内でも屈指の数の騎士を擁していたが、政変で多くの騎士を失い、王国内での発言力も大きく衰えた。
現国王に対して批判的な姿勢を取っており、領内及び王国内で活動する武装勢力「真実の声」を裏でバックアップしているとの噂も立っている。