ENo.0318　ウィステリア

真っ直ぐに伸びた真っ白な廊下を、白衣を着た小柄な女性と白い猫が歩いている。
ここに線を五本引いて譜面のように見立てたら、彼女の頭の上にはAndantinoと表示されるに違いない。
そんな様子で、できる限り、でもできるだけ急いで…胸に抱えた真新しいタオルと服を、目的の部屋に届けておかなくてはならない。

「おとうさん…この気持ち、なんて呼べばいいんでしょうねぇ？嬉しいような、悲しいような…。」
「にゃー」

悲しいと言うには弾んだ声が猫にむけられ、猫はとりあえず返事をしながら前を進む白衣の裾にいつ飛びつこうかと必死に機会をうかがっている。

――ポーン！

軽快な音とともに、何もない目の前に粒子ウィンドウが表示された。
足を止めて浮き上がった文字を目で追うと「あらあらあらあら……」と声が漏れ、今来た道を慌てて戻りだした。

「お泊りだと思ってたのに、外泊になるかもしれないんですよぉ！　着替えより申請書の準備しなきゃ、おとうさんいそいで〜！　時間が、時間がギリギリですよ。」

キャー！っとかわいらしい悲鳴を上げながら研究所の廊下をできる限り、とにかく急いで一人と一匹が楽しそうに駆け抜ける。