ENo.0044　ロウシャ・ゼイルストゥラ

　医務室。
　いつものように点滴の管に繋がれたまま、彼はおずおずと口を開いた。

　「あのさ。……魔女って、いると思うか？」
　「魔女？」

　すでに文字だらけになっているカルテに更に書き込みを加えていた主治医のザックは、思わず怪訝な顔をして振り向いた。
　それもそのはずだ。点滴中の――言い換えれば暇人と化しているロウシャが口を開くことは少ない。彼が珍しく起きていたとして、自分から何か話をするとしても新しく読んだ医学書や論文の話題がほとんどだったからだ。
　ましてや“ファンタジー”に分類される話など、今まで一度もしたことがない。

　「えーっと……なんかそういう小説でも読んだ、のかな」
　「うるせぇな。真面目に取り合え」
　「……」

　思わず後頭部を掻くザック。睨みつけるロウシャ。

　「ボクは、いないと思うけどね。……ああ、いや、どうだろう――ボクがそういうものに無知なだけかもしれないし、本当はいるかも？」
　「はっきりしろ」　
　「いないと思うなあ……」
　「あっそ」

　塩対応だなあ、とザックは漏らす。忖度したつもりだったが、答えとしてはどちらでもよかったらしい。うっかり『何故訊いたのか』とも言いそうになったが、そこまで勢いで突っ込むと怒られかねないので、こっそり肩を竦めるだけにとどめた。

　「君はどう思うんだい？」

　ロウシャは眉間のシワを深めて、ゆっくりと首を傾げる。頬が肩につきそうになったあたりで、吐き捨てるように言った。

　「……わかんねぇ」
　「そ、そう……」

　こけそうになるのを必死で我慢しつつもう少し深く追求すべきかと悩んでいると、彼は続けて声を上げた。

　「何年か前に、“魔女を捕まえた”って話を聞いた。俺はその捕まった魔女とやらを見てねぇからわかんねぇけど、信じてるやつとそうじゃねぇやつが半々ぐらいだったんだ。だから、訊いた」

　ザックはペンを置き、椅子を回してロウシャと向き合った。しかし、彼は左に視線を逸らしている。
　もはや癖になっているのだろう。左右の視力の違いという問題もあるだろうが、それでも彼は進んで人と目を合わせようということをあまりしなかった。心理的に距離を置こうとしているのかもしれない、そう思うがゆえに触れることはなかったが。

　「そういや……昔赴任した地域では魔女に関する民話みたいなのがあったっけなあ。そこにいた期間は短かったから、ちゃんと覚えてるわけじゃないけどね。……いないと思うとは言ったけど、火のないところに煙は立たずって言うし……やっぱり難しい話題だよ、これ」
　「……」

　考え疲れたのか、ロウシャは倒れ込むように横たわった。髪紐もほどかないまま、膝を体に引き寄せて丸くなる。

　「寝るかい？」
　「……うん」

　ザックはひざ掛けを畳んで、肩まで毛布をかける。ロウシャは礼も言わずに潜り込んで顔を隠した。ふてくされた表情といい、丸まった寝姿といい、子どものようだと思いつつやはり口には出さない。怒られるからだ。……しかし、彼も彼でやや子どもじみたところがある。

　「あっ、そうだ！寝る前に何か本でも読んであげようか」

　……毛布の中から激しい怒気を帯びた唸り声がした。

何らかの理由によりハイドラに縛りつけられたライダーが集まる。掃き溜めとも言う。
　
一部メンバーの素行不良により世間からの評判は芳しくない。

音楽専念。