ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『まさかのまさかのまさかのってヤツ』。
『やーもうこの戦争終わりでよくね？　って話でサ』。
『あのガチ連中にかち上げて、そりゃもう――――』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。
　
　さて、カウンター席において明暗を分ける一線がくっきりと敷かれている。
　先日のコロッセオの賭けにおいて――一世一代の盤上返し――が発生したのだ。
　オッズが等倍に近い名だたる面子を押しのけ、あまつ何人か斃し、最終的にこの浮かれ調子で酒を呷る棺桶（ハイドラ）乗りのチームが勝利を手にした。これは祝杯だ。

『ニャハハハハハハ！！！！！！』。
『………………………………』。

　財産の三分の一を賭けた見物人の男は、もはやかける言葉が見当たらない。酒に溺れる隣の男は、慰める様子もない。

『あ～～～～っっかし～～～。スなんとかっつー任務とか、企業連盟とかどーでもよくなったわー。マジクソどーでもいいわー。やべー。まさかと思って賭けといた金がこーーーーンな上等の品になるたァなァ！！　ねえ～～～～？？？』。
『…………』。

　反応がない。ただのしかばねのようだ。

『っべーっべーまじやべー。戦果？　ランキング？　ンなことより、アイツらに一泡吹かせただけで特上の肴だっつーの』。
『……』。

　やがて酔っぱらいとは裏腹にカウンターで崩れ落ち、無言の背中が煤けて見える。片やあぶくと化した銭、片や型落ちの棺桶（ハイドラ）であれば買える程度の金を手に入れた。
　しかし男はすべてを祝杯に注ぐ。
　賭け金（なぐさめ）をアルコールの一杯に込め、惨敗兵に渡したもののあまりのショックに相手は受け取りを拒否した。この情報屋は、それなりにメンタルが弱い。

『どうせならいいネーチャンと寝たい……』。
『あっそ。また賭ければ？』。
『もういい……』。

　心底から悔恨の篭った声である。
　酔っぱらいは無闇に同情しない。胴元がオッズを極端に設定して、なおかつベッドした側に責任が発生する。
　たったそれだけの構造故に、賭け事は自己責任なのだ。

『お酒もタバコも賭けもほどほどにネ～』。
『…………』。

　誰に向けた言葉だろうか。