ENo.0255　マヒロ

「――マヒロ。ねえマヒロってば、起きないの？」

　身体が揺さぶられていることに気づいて、マヒロは薄っすらと目を開けた。
　赤い目。
　ああでもこれは、違う。
　遠い記憶が頭の裏側の方を掠めて行く。
　
　寝ていたところを起こされたマヒロは、じろりと視線だけをイオに向けた。

「何だよ……」
「15時に起きるって言ってたのに起きてこないから、様子を見に来てあげたんだけど？」
「……、……今何時だ？」
「16時」

　完全に寝過ごしていることに気づいて（ついでにイオは起こしに来たということが分かって）、マヒロは重たそうに上体を起こした。

　彼は今、『タランチュラ』の整備に追われている。
　コロッセオでの戦いで『タランチュラ』は奮闘の末に撃墜された。奮闘という言葉は大袈裟でも何でもなく、彼と彼のハイドラは耐えに耐えたのだ。撃墜され、チームとしては敗北という結果に終わったが、役目は果たしたつもりでいる。
　そしてその奮闘の末、待ち受けていたのは気の遠くなるよな機体の修理作業だった。何しろ『タランチュラ』の損害がいつものミッションと比べ物にならない。ついでに整備費だってとんでもなく嵩む試算だ。
　これを次の仕事――よりによってストラトスフェア要塞攻略戦――までの一週間で、どうにか直さなくてはいけないという状況であり、基本的に『タランチュラ』の整備を自力でやっているマヒロは、今、地獄を見ている。
　機材の関係でここ数日はアザレアの工房に泊まり込み、ほぼ不眠不休で作業をしていた。今はいつぶりかの仮眠を取ったところだった。まあ見事に寝過ごしたらしいのだが。

「眠いなら寝てたらいいのに」
「もうちょっと進めないと多分次の仕事に間に合わない……あー、違う、そういや打ち合わせだ今日……」

　マヒロの言っていることはもはや曖昧だった。分かり易いのは目の下にくっきり浮かぶ隈であり、彼はとてつもなく眠いし、疲れていた。
　イオは呆れたように、わざとらしく大きな溜息を吐いた。

「『タランチュラ』、あと直すのはどこなの」
「駆動系は直した。あとエンジンの調整と、ボコボコになった装甲取り換えるのと……砲塔もか……」
「分かった。イオがやっといてあげる」
「……は？」
「だから直しておいてあげるって言ったの。有難く思ってよね。打ち合わせまで寝ときなよ」

　そう言いながらイオは華奢な手でマヒロの肩口を押した。容赦なく。
　マヒロからしてみれば思ったより押される勢いが強くて、ついでに状況も呑み込めていないので、ものの数分前の姿勢――まあ要するに、ベッドで寝る体勢にあっさり戻った。ついでにブランケットを雑に頭から被せられて、当然ながら視界が暗くなる。

「おやすみ」

　ばたん。扉の閉まる音。
　色々と言いたいこととか、言った方が良いことがあるような気もしたけれど、まだ温い布団と、薄暗さが妙に心地良くて、マヒロは意識を手放した。



　***



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　エイビィさん（Eno167）とガクさん（Eno233）と合わせています。
https://www.evernote.com/shard/s232/sh/afc83921-766f-4546-96fd-cfa2e6710402/80b06047dc521b1b00eef9cd013649a5

　――深い深い霧の中、ひそやかにアザレアが咲いている。



　ある日のこと。
　残像領域を歩く中、あなたは霧に巻かれて迷ってしまった。

　元居た場所に戻ろうと、あるいは目的地に向かうべく歩を進める中、
　ふと、足元に転々と赤を見つける。
　目を凝らすと、それはアザレアの花のようだ。

　アザレアに導かれるようにあなたは霧の中を進む。
　その先には古びたガレージがあった。

　あなたはこの場から立ち去ってもいいし、少し休憩していってもいい。
　何なら、ハイドラのちょっとした整備だってできるだろう。
　どうするかは自由だ。