ENo.0647　有明

あの時、僕は無力だった。
誰かを守る力どころか、自分を守る力すらもなく。
野良コボルドにさえ歯が立たず、ただただ震えて逃げるばかり。
そんな奴が、強い魔物……例えば、ドレイクとか。
そういうのに出会えば、当然死だって覚悟するさ。

けれど、僕は死なずに生きている。
救ってくれたのは、通りすがりの一介の冒険者。
……あの人、名前も教えてくれなかったけど。
でも、その背中は今でも覚えてる。忘れるわけがない。

僕はあの姿に、安堵と希望と夢を見た。
僕の世界に、未来を与えてくれた。

「だからあの世界でも、この世界でも、こうしてるんだろ」

槍を取る。こうして武器を持つのは、いつぶりだったか。
あの世界じゃほとんど飾りだったが、こっちじゃ違う。
紛れもなく、それは“殺すための武器”だ。

「無意味じゃない。守れぬ盾など要らないのでね」

“それ”だって手段の一つ。何一つ違わない。
殺してくる奴を殺せば、それで戦いは終わりを迎える。
僕が守りたいのは奴らじゃない。悲しむ理由はありゃしない。

「……僕が死んだら、悲しんでくれるかな」

独り言ちる。それは意味のない呟きだ。
死ぬわけがない。世界の道理は今日も同じ。
強い奴が死ぬのなら、この世界は成り立たない。

「……行こうか。」

太陽は此処に在り。