ENo.0096　オルト・イスケー

「あ、宿禰くんだ」

見覚えのあるAIの少年の姿を見て、少し安堵する。ホームである本社とは何もかも勝手の違う残像領域支部のモニターに、本社と変わらぬ彼が映る。
ホームシックなんてガラじゃないけど、それでも多少気圧されていたのは確かなんだろう。余りにも違いすぎる。戦場が日常の隣にある感覚とか、目まぐるしい速度で動く巨大な機体とか。
ナノマシンをHCS……ハイドラコントロールシステムに干渉させて手足の如く動かすように、と申しつかってはいるものの、高度を保ちながらの飛行、火器の取り回しは並行思考を駆使してもだいぶ難易度が高い。どうにか実戦にこぎつけられるレベルまでは仕上げたものの、咄嗟の対応が遅れることもままある。



こんなんだったら思考分散の訓練もうちょい真面目にやっときゃよかったな……と独り言を言おうとしたところで、資料から顔を上げたオペレーターと目が合った。

「えっと、サポート頑張らせていただきますねっ！」
「いいよそんな、堅苦しくしないで」
「ハイドラライダーのオペレーターですよ！気合いはいっちゃいますよ」
「そんなもんなの？よくわかんないなぁ」

残像領域では弱小企業と聞いていたけれど、どうやらそこそこ腕のたつ……というか有名選手みたいなライダーがマノ社には出入りしているらしい。コロッセオというハイドラ同士の死闘を観戦するのが趣味のオペレーター、カオリンはちょっと面白いくらいのテンションで解説してくれた。許多さんの彼女さんにサインねだってた時はさすがにびっくりしたけど。

「でも、戦場では本当に気は抜けないですからね！」
「うん、それはわかってる」

オクトロータスの安全装置は万全とはいえ、何が起こるかわからないのが戦場だ。つい最近残像領域に来たエマも、戦場で隣にいたやつがいつの間にか吹き飛ばされたとか言っていたし。正直こないだの小規模な戦闘では僕も危なかった。

「危険を感じたら、直ぐに撤退することです。オクトロータスの装甲は堅牢なものではありませんし」

飛行性能を突き詰め、花びらを開いた蓮のような形状で空を飛ぶオクトロータスは、もちろん何発もの敵の攻撃を受け止められるような堅牢さは持ち合わせていない。実際のところせいぜい数発くらったら撤退、できるだけ当てられないように立ち回るのが定石らしい。ルオルカ先輩は1発食らったら普通に墜ちるよ、とけらけら笑ってたけど。あの人の感性はいまいちよく分からない。

「ま、ほどほどに頑張るよ」

きっとまだまだチュートリアルに過ぎないのだから。

──マノ社残像領域支部は北部未踏破領域の調査に乗り出した──




「みなさんこんにちは！マノ社へようこそ！」
「僕はマノ社日常サポートAIの宿禰です。みなさんの北への調査のお手伝いをさせていただきますね！」
「まずは大規模デモ戦闘が行われるのでそちらに参加してください」