ENo.0124　灰桜

2回目の出撃を終え、自室で横になる。止めるのも面倒なラジオの音が子守唄に、体を包む疲労が瞼をゆっくりと下ろし、眠りへと誘う……その時、メッセージの受信音が鳴った。
せっかくの心地良い感覚が部屋の外まで追い出された気分だ。そんな事を考えながら、サイドテーブルに置いた端末を開く。メッセージの送り主は、灰桜のスポンサー――マテリアルベルト発動機の担当からだ。

メッセージによれば、マテリアルベルトの目的は、遺跡の完全破壊であり、その協力の対価は、戦闘システム『モータージフーガ』だという。

近年の残像領域の変化については、周囲の人間から聞いていた。5年前に大きな争いがあったこと、植物が育たなかった環境にアルラウネによる密林ができたこと、領域北部に謎の遺跡が発見されたこと、そして――その遺跡の調査に向かったハイドラが帰還しなかったこと。
経験を積んでいる筈のライダーですら戻ってこられない遺跡だ。想像を絶する敵が蔓延っているに違いない。加えて、奴らが遺跡の外に出ないとも限らない。そんな危険分子で構成された遺跡など、破壊するのが最善である……というのが、我がスポンサーの考えなのだろうか？

気になるのはそれだけではなかった。遺跡の破壊に協力した対価に、戦闘システムを与えるという文面。
これを読んだライダーは、太っ腹だと嬉々として協力するのか、この簡潔な文字列の裏に隠れた『何か』を訝しく思うのか。

灰桜は後者であった。
最奥まで調査ができてない遺跡……いくら危険と言えど、他意もなく破壊するとは思えなかった。
灰桜はこの世界の事をまだ理解しきっていない。この推測も、全くの杞憂かもしれない。それでも、妙なひっかかりを覚えざるを得なかった。

ラジオからはニュースが流れている。
再びハイドラ大隊を招集した霧笛の塔……
企業連盟が握る『禁忌』の力……
不穏なワードが流れている。

禁忌の力。まさか、メッセージにあった戦闘システムの事だろうか。

｢……興味ないかなあ｣

端末に表示されたメッセージを横目に、ベッドから降りてラジオを止めた。

残像領域、異世界の出身問わず、ハイドラライダーへの各種サービス・サポートを行う小さな企業。
格納庫や整備士の配備もさることながら、ライダーの衣食住も十分なものを提供している。
訓練場を併設しているため、体の鈍りもそこまで心配ないだろう。