ENo.0124　灰桜

｢聞いてもいいですか？｣

それまで黙っていたシィが口を開いた。その視線は灰桜の右脚――今は調整中でむき出しになっている義足に向けられている。

｢左目と、その右脚。子供の頃の怪我が原因だと聞きましたけど……何をして、そんな重傷を負ったんですか｣

子供の頃の怪我――灰桜は身体の事について、初めて聞かれた時から、そう答えてきた。誰から聞かれても、この答え方が丸く収まるのだ。ただの好奇心か、お節介か……何にせよ、事実を答える必要もないと思っていたからだ。
しかし、目の前の整備士は違った。シィの表情は、どこか沈んでいる。今まで聞いてきた者達には見なかった顔だ。
ただの好奇心で聞いているわけではない。そう判断した灰桜は、調整の手を止め、話し始めた。

｢……俺の家、長い昔に大事をやらかしてね。それからは、家の者の誰かが何かしら怪我をするようになったんだよ。俺の身体も、そのせい｣
｢そ、それは……『呪い』ってこと、ですか｣
｢そうなるねえ｣
｢どうしてそんなに暢気なんですか？怖くないんですか？耐えられないって思わないんですか？｣

｢これが当然だったから｣
｢当然……？｣
｢呪いの事も、解決策はないって事も親から聞いてたから。俺の家は、これが当然なんだな〜って。
だから、無駄な足掻きはしない。俺は、呪いと生きていくって決めたんだ｣

灰桜はシィをちらと見やる。その顔は少し青褪めて灰桜を見ている。

｢信じられない？｣
｢いや、そうじゃなく……強い人なんだなって｣
｢そうかな？俺はたまに、感覚が麻痺してるんじゃないかと疑うよ｣

｢ハイドラ乗りが、霧の中から帰ってこない……そんなの、この世界では茶飯事です。
でも、つい、考えてしまうんです。僕が整備したからじゃないかって。
……僕も、灰桜さんみたいな考え方ができればいいんだけどな｣

｢駄目だよ｣

その発言に、灰桜は首を横に振る。
死ぬ事も致し方ないと半ば諦めているような自分と異なり、一つ一つの死を重く受け止めるシィの考え方は、変えてほしくないからだ。
しかし、自分はそれを偉そうに言える立場ではない。灰桜はそれ以上何も言わなかった。

残像領域、異世界の出身問わず、ハイドラライダーへの各種サービス・サポートを行う小さな企業。
格納庫や整備士の配備もさることながら、ライダーの衣食住も十分なものを提供している。
訓練場を併設しているため、体の鈍りもそこまで心配ないだろう。