ENo.0251　ルーゼンエッタ

「……愛しているわ、コルヴスおじ様」
　伴侶に贈る音声データは、すべてその言葉で締めくくられる。
　自分が死んだあと、結婚記念日に彼が聞けるように残している音声データだ。
　今録り終えた分で5年分になる。
　――彼も、自分ほどではないが長く生きられる身体ではない。だから、沢山残したとしても全部聞けるとは限らないから、どこまで録り溜めるべきかは悩むところだ。
　だけど、彼が生きている間は毎年聞けるようにしたいと思うから、どうしても多く録り溜めておきたいと思ってしまう。
　あと伴侶は結構な長身で痩せ型なものだから、ちょうどいい洋服が既製品では中々見つからないのである程度作っておいておきたいし、お気に入りの本も数冊くらいは何時でも聞けるように朗読したものを録音して――。
　それから、大切な人たちにお手紙を書いて。
　それから、それから、それから――。
「死ぬのってちょっとした一大イベントよね」
　誰もいない自宅のリビングでそんなことを呟いて笑う。
　そう、自分は“死ぬ”のだ。
　もう必要のないものとして“廃棄”されるのではなく、“人”として“死ぬ”のだ。
　それだけでも、もうかけがえないことのように思う。
　この5年間で様々なことがあった。
　生まれて初めて職というものについた。勤め先は整備工場で、技術を身につけるのは楽しかったし、社長を始めそこの人々もみんな優しくて楽しい人だった。
　グラートに、再会した。彼の遺伝子上の母親なのには未だに違和感を覚えるけれど、慕ってくれることを疑問に覚えることはなくなったし、嬉しいことだと思っている。
　趣味というものを手にした。思い立って自分で洋服を作ってみようと思ったのがきっかけで、今ではデザインと製図だって自分一人で出来るようになった。
　花の色が美しいと知った。頬を撫でる風が心地よいと知った。青空は時として泣きたくなるほどに切ないと知った。
　そして――手を繋いで共に生きる人ができて、生まれて初めて家族が出来た。
　お互いに子供が作れる身体ではないから、家族が増えるようなことはなかったけれど、二人で過ごした記憶はかつて思った通りに、宝石箱に入れて大切にしまっておくにはもったいないほどにキラキラとしたものだ。
　噛みしめれば噛みしめるほど、この5年間は幸せで満ち溢れたものだった。
　それらが、自分を誰かに利用される道具ではなく、人間にしてくれた。
　――グラートに語ったとおりに、死ぬことをルーゼンエッタは全く怖いとは感じない。
　慈しんで見送ってくれる人がいる。向こうでは大切な人が待っていてくれる。
　だけど、名残惜しかった。
　それにきっと悲しませてしまうことを、申し訳なく思う。
　元々期限を切られている命だ。近しい人は自分が長くはないことを知っている。
　それでも、泣いてしまう人はいるのだろうけど。
「――笑って見送って欲しい、って思うのは我儘かしら」
　自分がいて、幸せだったと。楽しかったと言って、笑顔で見送ってほしいと願うのは。
　自分が自分の大切な人たちの中で、幸せな思い出として有りたいと思うのは。
　写真立てを見る。そこには結婚してすぐの頃の伴侶とルーゼンエッタの写真が飾ってあって、幸せな記憶の形の一つとしてそこにある。
　他にも、会社の人と撮った写真や、以前お世話になっていたニゲラ会館の大家との写真が、いくつか飾ってある。
　彼らにも、自分と同じように自分といた記憶が、幸せで楽しいものであればいい。
　そして、時々思い出の宝石箱から取り出して、愛でてくれれば――。


　これ以上、幸せなことはないのだ。死して尚も。きっと。

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