ENo.0060　Lupth

「狼、待たせて悪かった」

「ひゃうん？」


ここ最近整備の合間に棚に本や資料を収めたガレージの一角へと足を運び続けていた彼女が一冊の古びた雑誌を持ち、暇で暇で一匹ひっくり返りバタバタと遊んでいた犬へと声をかけた。

待たせたと彼女が言っても思い当たる節がないのか、犬はひっくり返ったまま不思議そうに鳴いたが。


「……ほら、機体名を考えろとお前が言っていただろう。やっと納得させられそうな名が思いついたんだ」

「ひゃん！」


待ってましたと機敏な動きで犬が起き上がり、尻尾をぐるんぐるんと回す。

犬のキラキラとした純粋な目を見た彼女は目を細めると犬を小脇に抱え上げ休憩用の椅子に腰掛けると、自身の膝に乗せてから指を挟んでいたページを開く。
開かれたページには何かの特集なのか花の写真に花言葉と花言葉の由来や豆知識などが掲載されていた。


「ほら、ここだ。この花の名前にしようと思うんだがどうだろう。悪くはないと思うんだが」


人の子どもに見せるように膝の上の犬が見やすいよう、雑誌を近づける。


「ひゅーん…………ひゃん！」

「そうか。お前も気に入ったなら決まりだな」


彼女が目だけでなく口元にも笑みを浮かべて犬をワシャワシャと撫で回す。
千切れんばかりに尻尾を振って満足気にしていた犬が、何かを尋ねるように一声ひゅぅん？と鳴いた。


「ああ、この名にした理由か。この花は……」


本を見つめたまま開いた口を一度閉じ、選んだ花の解説を目で追いかけるがすぐに目を逸して雑誌を閉じた。


「いや、特に理由はない。好きな色の花だっただけだ」

「ひゅーん？」


わかりやすくごまかされたのが気に入らなかったらしい犬の尻尾の動きが緩やかなものへと変わり、遂には動きを止める。


「……ひゃん、ひゅぃん！」

「塗装を？お前がそうしろと言うなら構わないが、目立たないように派手な色は避けるからな」


話は終わりだと一方的に告げて犬を膝から下ろし、彼女が立ち上がる。手に持ったままの雑誌は少し迷って近くのテーブルへと置かれる。
不満げに犬が鼻を鳴らすが塗料の用意と塗装を理由に軽く詫びただけで相手をする素振りも見せずガレージから出て行った。

1LDKの居住空間と簡易ガレージを内包した移動型拠点。
少々角ばったドーム型をしている。



全ての窓や出入り口には過剰なロックが施されているようだ。