ENo.0049　ソネル

ソネルという男はあまり一ところに留まることがなかった。
それは住居が定まらないということだし、長続きのする人間関係がないということだし、勿論たったいまフラフラと彷徨っているということでもある。
ハイドラライダーであるが故にかといえば因果は微妙なところで、この男がライセンスを手にする経緯は一旦置くとしても、それ以前から染み付いた性質であり――ガブリエラ・ストークスが、その姿が見えないにも関わらず不満そうにしていることがわかる程度には、すぐに住処から居なくなった。

≪どこへ行っていた？≫とか≪何をしてきたんだ≫とか言う声が、ほとんど使っていないが何故か転居時の荷物に含めているオーディオプレイヤーのスピーカーからした時にも、ソネルはそれに対して明確な返事をもたなかった。
ガブリエラが批難――どうも彼／彼女は操縦棺を離れて街中を歩くことができないらしいので――というよりも興味でそう言っていることはソネルも理解していたし、だから彼は別にバツが悪くて返答に窮するわけではない。
本当にただ、答えをもたなかった。
今だって、ソネルは自分がどこで何をしているかということをわからないという他ない。

周りは飾り気のない、真新しいにもかかわらず雑多な印象を与える建築物に取り囲まれている。
北部が注目されたことで急速に増殖した市街地の一端ということだ。商店街でもなければ歓楽街でもない。
大量の流入人口を受け入れるため、急ピッチで無理矢理増築しているから、見通しが悪い。
霧が出ていなくても全体的に薄暗いのだ。
そんなぎゅうぎゅう詰めの路地ではあるが、増えた住人の大半は外に働きに出ている者ばかりだろう。
たった今ソネルの周囲１平方キロメートルにどれだけ人がいるものやら。
ソネルの行く前にも後ろにも人影が現れる気配すらない。

そこをただ歩いている。何の目印もなければ、わざわざ向かうべき建物もない。
そして勿論、ソネルは行き先を決めているわけではなかった。
彷徨っている。と言ってもソネルにしてみれば、「彷徨う」ということすらしてる意識はないのだが。

最近意識することといえば、やはり奇妙な同居人のことが多い。
未だに居心地の悪さがあることは否めないが、それでも彼／彼女には具体的ではないがはっきりした目的が、志向性ある。
ソネルが自分の生活でそういったものを感じるのは、やはり出撃する時だけだ。
目的があり、こなすべき事がある。
次から次へと送り込む弾丸があり、向かい来る砲火がある。

――ガブリエラが街中を歩けないというのは、どうもより人の多い場所で顕著らしい。
そうするといつのまにか意識がはっきりしなくなるというような風に。
なんとなく、それは自分が居るということへの確信の度合いなのかもしれないとソネルは考えていた。
アンカー。つなぎとめるもの。
周りに己がいると感じている者だけならば、自分が居ないかもしれないとはならない。
自分を知らない者が多すぎることは、いるかいないかわからない存在には問題があるのか、と。

勿論、ソネル自身はそんなあやふやになったことがあるわけではないのだから、実感のしようもない。
ただそれでも、たいてい特に何もしていたとも言えない自分が、超重のＷＨに乗り込んでいる時だけは、何をしているのか明白にわかっている。

次の出撃はまだまだ先だ。

それでも、ソネルは愛機の方に戻ってみると決めた。


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住処がようやく見えてきたのは昼もずいぶんと回った頃だった。
ウォーハイドラの整備等は『霧笛』経由で手配されていくが、やはりフリーランスのハイドラライダーたちには愛機を手元において生活するものが少なくない。
ソネルたちもすぐそばにガレージを確保できる場所を住居として選んでいるものだから、どうしても交通の便は悪い。

もうあと少しというところで、わずかな麻婆豆腐の匂い。
そういえば昼飯を食べていなかった……そう気づいて歩みをそらす。
今のところガブリエラが食事を必要としたことはない。
だから、ソネルは今までどおり大抵適当な外食で済ませる。
ガブリエラがその辺にいる中で、一人でないのに一人で飯を食べるという状況がどうにも座りが悪いというのも、当然ある。
だが、たまにはテイクアウトでもいい。
摂らないといっても、食事そのものに思うところはあるだろうし、話のきっかけぐらいにはなるだろう。

もはや匂いは麻婆豆腐のものではなくなりつつあったが、ソネルに届くほどではなかった。