ENo.0110　『Phantom Beast』

――前回の戦いで痛みを訴えた箇所が、まだ痛みを放っている気がする。
血と硝煙の香りが満ちたこの世界に迷い込んでから、すでに数回経験した出撃前の時間。
使いやすいように作り変えた操縦棺の中で、ヨナはゆっくりと片腕をさすった。

ヨナには、生まれつき奇妙な力がある。
それは「歌姫」と呼ばれる者たちが扱う力によく似ているが、歌姫たちが扱う力のような美しさはない。
だが、スラム街で生まれ育ち、がむしゃらに生きてきたヨナにとっては、生き残るために大きな武器となる力だった。

プログラムの中に己の意識を潜り込ませ、掌握し、好きなように操る力。
パラサイトハックと名付けられたその力を駆使して、ヨナは16年という時間を生きてきた。
――しかし、パラサイトハックには、大きなデメリットもあった。

「……ちゃんと鎮痛剤は飲んだんだけどな……心因性のものか？」

ぽんぽんと腕を軽くさすりつつ、小さな声で呟く。
パラサイトハックのデメリット――それは、機体が損傷した際、同じ箇所に痛みを感じるというものだ。
己の意識はもちろん、ありとあらゆる感覚を機械と繋ぐパラサイトハックは、五感も痛覚も繋いでしまう――その結果、機体が損傷するといつも痛みで苦しむことになる。
はじめてデメリットに気付いたときは悶え転がったものだが、今ではすっかり慣れてしまた。

「……次も痛みを感じ続けるようであれば、量を増やすか……面倒だが」

溜息と共に言葉を吐き出し、大きく深呼吸をする。
肺の中に空気を取り入れ、吐き出すのを何回か繰り返せば、だんだん気持ちが落ち着いてくる。
片手についた爪のようなユニットを操縦盤に繋ぎ、片手で口元のマスクを顎にずり下げてから、彼女は出撃前のシステムチェックを起動した。

耐えられそうにない痛みは鎮痛剤で誤魔化して、深く眠りたいときは睡眠薬を飲み込んで――そんな生活を繰り返すようになったのは、はたしていつからだったろうか。

「……考えるだけ無駄だ」

その一言と共に思考を打ち切り、全てのシステムを起動する。
Phantom Beastと名付けられた鋼の獣と共に、戦場を暴れまわる時間が目の前にまで迫ってきていた。

――しんとした森の奥の奥深く。
簡単な墓がすぐ傍に作られている家屋の窓には、時折人影が映るらしい。

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主に自分用ユニオン。整備を中心になんやかんやしていく予定。