ENo.0060　Lupth

抉れ、ヘコみ、場所によってはもげている。撃墜された姿のまま彼女のハイドラがガレージに運び込まれた。
装甲戦車『アルマジロ』によるトドメの砲撃で拉げた棺の扉は閉じられたままでライダーの生死の確認もされていない。決して開くなと彼女が念押ししたからだ。





業者が引き上げてから暫し。


「ひゃんっ」


真っ白な綿毛のような犬がしゃかしゃかと効果音が当てられそうなほど細かく早い足運びでガレージにやってくると、未だ開かれない棺に向かって一声鳴いた。


ジジ、と電子音に似た不快な音と同時ガレージ内の空間にノイズが走る。

不規則にノイズが走り、数秒で晴れる。
少しずつ周期が短くなり密度も上がり、最後には不快な音とノイズにガレージが満たされた。




………
……
…




少しの間空間を満たしていたが、次第に不快な音は遠のきノイズが晴れていく。


「ひゃんひゃんっ！」


犬が駆け寄ったハイドラ足元には傷一つない姿で蹲る彼女。

必死に何かを堪えているような呻き声を上げ鬼のような形相で歯を食い縛る。
数分ほどで堪えている何かは過ぎ去ったようだが、すぐに両手で頭を押さえて激しく嘔吐く。何度も何度も繰り返し、少量の胃液と鮮血を吐き出した。


「狼…今の、私は……いつの私だ」


落ち着いてきたのか頭から両手を下ろして起き上がり、涙や吐き出したものでぐしゃぐしゃな顔を袖で拭いながらガラガラ声で問いかける。
気遣うように寄り添っていた犬が元気のない鼻から抜けるような声でひゅん……と鳴いた。


「ここに来たばかり……少し進んだか」

「ひゃうん？」

「ああ、記憶の後退はない。撃墜時まで全て覚えている。……そんなに心配しないで大丈夫だ、ありがとう」


そう言うと彼女は犬に手を伸ばすが、少々汚れているので触れる寸前で止める。が、犬がひゃん！と鳴いて自分から身体を擦り付ける。
汚れるだろう、と言いつつ手は引っ込めず眉尻を下げて薄く口元に笑みを浮かべた。

名残惜しげに手を引いてから立ち上がると数度頭を振り、顔を拭った上着と袖口が汚れたシャツを脱ぐ。そして上半身裸のまま部屋の隅の掃除道具で床の吐瀉物を片付けた。その間犬は邪魔にならない距離で彼女の後をついて回っていた。
手早く始末を終えると脱ぎ捨てた上着とシャツを回収する。


「私はシャワーに行くが、狼はどうする」

「ひゃん！」


問いながら歩きだす彼女の後に犬が続いてしゃかしゃかと急ぎ足で歩きだした。




自身のシャワーは適当に、犬のシャワーは丁寧かつ念入りに。いつもと変わらず彼女は犬をふわふわの綿毛のように仕上げた。
先程のことなどなかったように一人と一匹は日常に戻っていく。

実際、無残なハイドラの修理と改造以外に彼女と犬の生活に変化はなかった。

1LDKの居住空間と簡易ガレージを内包した移動型拠点。
少々角ばったドーム型をしている。



全ての窓や出入り口には過剰なロックが施されているようだ。