ENo.0308　霧中ネネ

マテリアルベルト発動機前線基地のロビーはいつも人があふれている。
その日サクラバはそんなロビーにたたずむ一人の女性を見かけた。どうやらなにか困りごとのようだ。
その後ろ姿、というより髪の色に思うことがあって声をかけると、桃色の髪を帽子に収め眼鏡をかけた女性はぱっとサクラバを見上げていった。

「姉がここにいるはずで、ちょっと忘れ物を届けに……」

テロ紛いのこともあり、受付では荷物を預かることはないそうで途方に暮れていたという。
姉の名前は、と聞くと偶然にも僚機のパイロットの名前であった。

それなら俺が話をつけよう。バディの肉親ぐらい通すことぐらいできるだろう、と申し出ると、その小柄な女性は目を輝かせて頷いた。
「それで、名前を聞いてなかったが」
「え、えぇーっと…」

「霧中ノノです」


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近頃はどうにも調子が出ない。
本業の動画配信も停滞気味だし、なんか変なやつにも目をつけられている。
バディであるサクラバの言動にも気が削がれるし、調子が狂うというか、ほんとはもっとこっちが振り回す側であるべきじゃないだろうか。
などと、時間借りしているブリーフィングルームで一人相手を待ちながら考えている。

大体あのサクラバという男はいつも言葉が一つ二つかけているのだ。いらぬ誤解やら勘違いを生む原因がそれだ。
愚直なのはいいが、それならそれらしく１から１０まできっちり言葉にしていくべきであろうに。
……いや、だからああなっているのか…？

考えが宙に舞ってはあさってにむかっていたころに、扉をノックする音が聞こえてくる。
「開いてるー」
この部屋に尋ねてくるのは見当がついていることから、軽く答え、ドアに向き合うと、案の定サクラバが姿を見せた。

「待たせたか」
「まだ時間前でしょ、さっさと座れば。」
「あぁ、その前に。霧中に客が来ている。君の妹の」

「は？ネネに妹なんていないけど」
「霧中ノｎ…え」
「誰だよ、大体ネネの名前はハンドルネームみたいなもので本名じゃないんだから霧中姓でおかしいと思いなさいよ」
「え」
フリーズするサクラバ。そしてその後ろから小柄な女性が飛び出して部屋に侵入した。
勢いよく帽子と、その桃色の髪…ウィッグを脱ぎ捨てる。

「ついにここまで接近できた！さぁ取材させてもらうわよ霧中ネネ！覚悟しなさい！」

ひとりテンションをあげる女性とあまりに唐突な出来事に固まる２人という構図。
「固まるのも無理はないわね、もちろん嘘をついて侵入したことは悪いと思っているわ。でもねジャーナリストは時にこういうこともしなければならない…
　というわけで、私、リルカ・ウィンストンと言います。貴方は霧中ネネさん、でいいんですよね。じゃ色々聞いていくんで…」

「サクラバくん、警備に連絡。」
「霧中。霧中は霧中じゃなかったのか？」
「ちょっと！？無視しないでくれませんかね！」
「霧中は霧中だけど霧中じゃなくて、それはいいからさっさと連絡！あんたこんなの基地に入れてどうすんのよ！」
「ちょっと！こんなのってなんですか！っていうか貴方動画じゃこ～んな猫かぶってるのにカメラまわってないと口悪い！これも書かせてもらいますから！」
「こんなのオフレコに決まってんでしょふざけんな！取材対象の意に沿わないもの書こうとしてんじゃない！」
「この人は妹ではない…？」
「ちーがーうーわー！大体全然似てないでしょ、あんた私のこと髪の毛の色でしか見てないのか！」
「もちろん妹というのは方便です、すみません、利用させてもらいました。ごめんなさいねお兄さん。でも割とそれっぽかったでしょう」
「すまない、髪の色が霧中に良く似ていたから」
「こーの髪もーー染めてるにーー決まってるでしょーが！大体全然似てないでしょ、私のほうが全然可愛い。こんなつぶれたジャガイモみたいなのと姉妹扱いすんな、どこに目をつけてんだサクラバぁ！」
「つ、つぶれたジャガイモ…！！ひどい…たしかにそんな整っていないけどそこまで言わなくたって…」
「言い過ぎだ霧中。全然ジャガイモには見えない。」
「あー！！！もう！！！

混沌を極めるブリーフィングルーム。
果たして取材はうまくいくのだろうか。