ENo.0308　霧中ネネ

マテリアルベルト発動機の前線基地からの出撃の祭、操縦席からは様々なものが見える。
はるかに臨む霧の荒野、背後に見える都市群、そして眼下の、基地周縁部に張り巡らされたフェンスの外側に溢れる人々。
平和団体や反戦活動家たちは、企業が行っている残像領域の調査に対して殊更に拒否感を示し、毎日にようにこうして気勢を上げている。
マテリアルベルト発動機のトランスポーターはその横をまるで挑発するかのように通り過ぎていく。


「…サクラバくんが軍にいたころもああいうのはやっぱあったわけ？」
最終確認のため、僚機につないでいた回線に問いかける。
「ああいうのとは？」
「ほら、フェンスの外の。」
「馴染みの光景だ。」
「ふーん。それで、どう思うの、軍人としては。」
「期待に応えなければ、と思う。」
自分のやっていることを頭から否定されている気がして、ネネにとってはあまり気持ちのいい光景ではないが、サクラバは事もなげにそう答えた。
「いやいや…何を期待されてるのかわかってる？ネネは正直毎回毎回あれじゃやる気そがれるんですけど」
音声通信でもわかるぐらいに顔をゆがめて軽い愚痴をこぼした。
「…兵士は上の命令に従って戦うことしかできない。そんな俺達が、彼らの心からの想いに寄り添うためには、やはり戦って、いち早く終止符を打つ以外にない。」
「だから、それをやめろって言われてるわけじゃない。矛盾してない？」
「俺たちが選べる道はそう多くない。その過程が彼らの想いを踏みにじることになったとしても」
仕方がないことだ、と彼は締めくくった。そこには、軍人としての、彼なりの矜持があるであろうことが感じられた。


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　作戦が終わり、自室に戻ると、端末に通知が複数届いていることに気付いた。
「うわ」
何かあったのか、多少のボヤには慣れているけど、と思いながら開いたSNSにはいくつかの個人間メッセージが入っていた。
こういうのはきっと、何か面倒なことに違いない。セクハラメッセージとかならまだいいけど、と恐る恐る内容を確認する。

『ネネちゃんこれ、たぶんネネちゃんのとこだよね』
と動画のURLが送られてきていた。ほかにも複数、どうやら同じもののようだ。
「見たくねえ～～けど何なのよ一体……」
一部のファンが公にせずにわざわざ個人間のメッセージで送ってくれたのだから、きっとろくなことではないに違いない。
勘違いなら、というか何か変なものを撮られるヘマはしていないし、十中八九勘違い、早とちりの類に違いない。
これで何の関係もないAVとかだったらブロックしてやるからな。

『……さあ、私は今回、マテリアルベルト発動機の前線基地にやってきています。目的は、そう、彼らのしている反平和的な活動に対するカウンターを行うためであります。
　市民の声を非道な企業連中に届けるのです。これを見たみなさんぜひ応援してください。毎週金曜日、いつでもやっています。
　……あっあっっウォーハイドラを乗せたトラックが基地から出ていきます！ああｔｇｇぽｈ、ｓ、ｈｄｓｆｓ（判別不能の怒号にかき消される声）』

「…………………………」
暗い部屋で、モニターの光に照らされた眉間に、見る見るうちに皺が深く刻まれていく。
（なんでこんな、私関係ないでしょ）
と、動画を止めようとしたとき、基地から出ていくビビットピンクのウォーハイドラが映り込んだのをみて、得心が行くのと同時に、頭を抱えるのだった。