ENo.0440　ヴィラカティ

「おはよう、ウォー・ハイドラ」整備士たちが格納庫のベッドで眠るハイドラを迎えに出勤してくる。
シフトは様々だ。機体の状況にもよる。中には次の出撃の直前まで働き詰めの者だっている。
戦果が乏しかった日の翌週は全く、地獄だ。「おいくせぇな、風呂入れよ！」
「うるへぇ酒買ってこぉい！」「オレはおめぇの女房じゃねえ！」
ただでさえ男ばかりでお世辞にも良い匂いとは言えないのだから。

そんな場所を自分たちの居場所とした彼らを突き動かすものは一体何なのだろう。
長く働いてきた者たちほどその答えを知っている。「なぁ、俺たちって働きづめじゃない？」
「労働者なんて昔っからそうだろ」「崩壊したところで世界は変わんねぇなぁ」
「歯車は回るよどこまでも………」

整備士たちは今日も働き続ける。

***

「騒がしい連中ですこと」大きく横に裂けた口を器用に尖らせた半魚人のピアルは
格納庫に充満する汗臭さにうんざりした様子だった。
「賑やかで良いじゃないか」笑ったのはトマスだ。リフトに乗せられ降りてきた操縦席を眺めている。
「棺の交換ね」ピアルは電子フリップで新しく注文された操縦棺を呼び出す。
取り出された座席を残して、古い棺はリフトによって車庫へ運ばれていく。

「相変わらずキッッタナイわねえ…なにこれ血痕？まぁ良いわ…中のバネの交換だけ。
　フォームは詰めなおし、シートはいつも通りキレイに縫合しなおして、ですって。」
操縦者の姿はないが、これはトマスだけに許された仕事だ。「いつも通りだ、ヴィラだから」
「買い換えたほうが早いのに」何度繰り返してもピアルは理解できない様子でいる。
（半魚人であることに関わらず、彼の場合、自分以外の道理を理解する事がまずないのだが）

「ヴィラにとって、この席は親父さんの形見なのさ」何度目かの説明をしたところで、
ピアルは縦に開いた鼻の穴でフンと一蹴するだけだ。「こんなのアンタじゃなくても出来る仕事よ」
「そうだがね」トマスはまた笑った。ピアルの言葉は嫌味ではない。彼なりの敬意を知っていた。
顔と同じで皺だらけ、節くれだった労働者の手で力強くナットを回す。

「君も、わしも、かれらも、ここじゃなくたって働けるっていうのに、誰も出ていこうとしない。」
「アタシは違うわよ、いつだって出ていける。給料が良いだけで…」
「いつだって出ていけるというやつほど、いつまででもいるのさ」トマスの答えに、ピアルは心底不服そうだった。

「ライダーのように走ることはできなくても、霧の向こうに行ってみたいんだ。諦めずに」
新しいバネに交換され、フォームを詰めなおし、擦り切れて変色しきった革を縫合しなおす。
「短命な人間のくせに強欲ね」ピアルは再度電子フリップを操作して、
席を新しい棺の中へと送り込む。こうして、この入れ物は操縦棺となった。