ENo.0505　セイラン＝ルーデ

とんとん、とセイランの部屋の扉をノックする。
しばらく待ってみたけれど、返事はない。中を覗いてみれば、ベッドの上にTシャツ1枚で転がっている。
うつ伏せの姿勢で身動ぎひとつせず、耳を澄ましてようやく呼吸が聞こえる程度。……よく眠っているみたい。

「セイラン……セイラン、起きて。時間だよ」

声を掛けてみるけれど、反応はない。軽く揺さぶって、ようやく小さく呻き声が聞こえる。
何度か揺すっていると、薄く目を開き、ゆっくりとした動作で身を起こした。

「……もう、そんな時間か……くぁ」

ベッドの上にあぐらをかいて、髪をかきあげ、欠伸をする。
数度頭を振ると、それでようやく覚醒したらしい。

「おはよう。……そのシャツ、何？」

シュールなプリントのされたシャツが、何とも言えない雰囲気を醸し出している。
セイランは「寝間着だ」とだけ答えて、いつもの服に着替え始めた。

***

『少し寝てくる。起きてこなかったら起こしてくれ』

戦闘が恙なく終了した後、セイランはそう言って仮眠に入った。
元々は軽く休憩を取った後に、一緒に町を回ろう……という話だったはず。
私も疲れていたから、時間だけ予め決めて休んだのだけれど……あんなにぐっすりと寝て、夜眠れなくなったりはしないのかな。

「すまない、待たせたな」

そんなことを考えているうちに、彼女の出かける準備が終わったらしい。
ほとんど時間はかかっておらず、いつもの服装にいつもの髪型、持ち物は小さいバッグだけ。
よくよく見れば、少しだけ寝癖がついている。たぶん、本当にリボンで髪を結んだだけなんだろう。
彼女の髪を手櫛で軽く整えると、ようやく町へと出かける。まだ夜には少し早い程度の時間帯。

「セイラン、いつもその服だよね。どうして？」

ふと気になったことを尋ねる。確か以前は、『支給品』だと言っていた気がするけれど。
セイランが身に纏う服は、バスローブ、ガウン……いや、検査着とでも言った方が良いかもしれない。
別にそれが、何かおかしいというわけではないけれど。

「……身体を締め付けるようなものは、あまり好きではない」

少し眉を寄せながらの返答に、ああ、と納得する。
あまり長い付き合いではないけれど、確かにこれまでにきちっとした服装でいるところは見たことがない。
先程もだぼだぼのTシャツ1枚だけだった。
他のハイドラライダーの人の中には、ボディスーツのようなものを纏っている人もいる。
セイランはあんなものを着たら、気持ち悪くて動けないとでも言いそうだ。

「正装のひとつくらい、持っておいてもいい気がするけど」

「ドレスコードに気を払う機会があるなら、その時に考えるが……」

ハイドラライダーに実際になって驚いたことは、思っていたよりも遥かに多くのお金が貰えたこと。
生活していくには困らないと思うけれど、人によっては結構かつかつだったりするみたい。
セイランはお金には困っていないみたいだから、単純にそういう気がないんだろう。
少し勿体ない気もする、色んな服が似合いそうなのに。

「何より今は、ハイドラの装いにばかり頭が回る。私自身のことは、いつか外の世界ですれば良いさ」

そう言ってくすくす、と笑ってみせる。その表情を珍しい、と感じて、ふと気付く。
そういえば普段、セイランが笑っているところを目にすることはほとんどない。
私と初めて会った時は、それなりに笑いかけてくれたような気がするのに。……やっぱり、優しいんだなあ。

残像領域のどこかの町にある、行き場のない者の寄り合い所。運営は気まぐれ。
利用・改築自由の集合住宅。2LDKの5階建て。
管理者に御用の方は、3階の角部屋まで。

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