ENo.0505　セイラン＝ルーデ

セイラン＝ルーデは風変わりな人物だ。
あまり表情が動かず、笑ったり怒ったりといった場面を見ることは少ない。
何が好き、何が嫌いということはなく、私生活においてもこれといった趣味は見受けられない。
ミッションに従ってハイドラに乗り、栄養を摂り、休息を取る。
行動だけを見れば、ある種の機械のように見えることもあるだろう。

そんな彼女にも、趣味と言えるものは存在する。
暇な時間があれば散歩に出かけ、町の様子や道行く人を見て回る。
そうすることで、自身に欠けている何かを探るかのように。

彼女のそれは、ただ観察することに留まらない。時として、自分から関わりを持つ場合もある。
それは例えば、どこか捩れた輝きを宿す新米ライダーに、僅かばかりの施しをしたり。
例えば、真っ直ぐな輝きを宿す迷い子に、道しるべを与えたり。
そうすることでどのような変化を、可能性を見せてくれるのか。
平和なだけの世界では見られないような、人の発する輝きを見るのが、彼女の楽しみのひとつである。

***

「では、また後で」

ルーチェと一旦別れ、セイランは用事ついでの散歩を始める。町を大通りの方へと抜け、建物の中へと。
上着の裏側を探り、提出しなければならない書類を探り当てる。
現在セイランの思考を占めているのは、次のコロッセオのことだ。
ルーチェを連れて申請をした理由は幾つかある。セイラン自身のことも、ルーチェに関わることも。
単純に自分がコロッセオを見てみたかった、というわがままを除けば……コロッセオの空気に触れることによる、何かしらの影響を期待しているということになる。
次回は強制的に保険が掛けられるという話だ、体験会としては悪い機会ではあるまい。
とはいえ、それが良い方向に転ぶという保証もないのだが。空気に呑まれて何も出来ない、ということは避けねばならない。

（精々事前に話をして、動きやすい雰囲気だけでも作ってみるか。……さて）

思考を纏め終えると、次の行動を考える。書類の提出を終えてしまい、この後の予定は何もない。
ただ帰るというのも味気ないが、何かをするといった気分でもなく――

「あ、あの……すみません……！」

「……うん？」

後ろから声を掛けられる。足を止めて振り向けば、見覚えのある女性の姿があった。
思い出すのは数日前のジャンク街。イメージは、砂の中に埋もれた原石。
くすんだ輝きを放つそれを掘り出さない理由は、少なくともセイランにはなかった。

「ふむ、しばらくぶりだな。健康そうで何より」

「ぁ……え、えっと……その……」

じろじろと、無遠慮にその人物を観察する。
みすぼらしい服。汚れの落とされた体。手入れのされていない長めの髪。瞳に時折覗く、意志の輝き。
特に大きく変わった様子はない。首を傾げてみせつつ、口を開く。

「あの日私が連れ出して以来だな。その瞳はよく覚えているが……」
「その様子だと、何か私に用が？」

おどおどとした彼女のような人物が、わざわざ声を掛けて来る理由。
思い付くものはひとつしかない。いや、きっとそうに決まっている。
期待。興奮。無意識のうちに、セイランの瞳が揺れる。

「あ……いや、特別……何かとかじゃなくて……」
「……お礼を、言いたくて……」

「……ふむ」

その言葉に確信を得る。女性の方へと一歩、前に出る。僅かに見上げる程度には、近い距離。
自然、口元に笑みが浮かぶ。湧き出す欲求に逆らうことなく、言葉を紡ぐ。

「……見せてみろ？」

「え……？見せて……なん、ですか……？」

「まだ実感がないだろうが……成れたのだろう？ライダーに？」

「えっ……あ……は、はい、これですね……！」

女性が取り出した、新品のライセンスカード。
数日前、彼女にとって夢でしかなかった筈のものが、その手に収まっている光景。
記憶に焼き付ける程に見つめる。この瞬間を記録しておけないのが、どうしようもなく惜しい。

「……ふふ。よくやったな……おめでとう」

「……ありがとうございました……」

セイランが手を差し出す。女性はそれを両手でしっかりと包み、深々と頭を下げた。
記憶のないセイランにとって、生い立ちや身分といったものは、それほど大きな意味を持たない。
女性を見つめるセイランの目は、なにか眩しいものを見ているかのようでもあった。

「どういたしまして。そして、ようこそ。先達として歓迎しよう……っ、と」
「そういえば、名前を聞いていなかったな？」

「……ユメって、呼んでください……」

細々とした声で告げられる。良い名だ、と思う。彼女をよく現した、とてもとても綺麗な名前。

「私はセイラン＝ルーデ、セイランと呼ぶといい」

「……セイラン……さん……」

ユメの髪に触れる。ポケットから真っ白なリボンを取り出し、彼女の髪へと結んでみる。
きょとん、とするユメ。自分のものと色違いというだけの安物だが、それなりに似合っているのではないだろうか。

「環境が変わって戸惑いも大きいだろうが、ゆっくりと慣らすといい」
「……身なりも多少は気にするべきかもしれないな。私に言われたくはないかもしれないが」

彼女はこれから、がらりと変わった日常を送ることになる。
心配することは寝床や明日の食い扶持ではなくなる。
生活に余裕が生まれると共に、その分多くのことを考えるようになり、これまで思いもしなかったことに気を回すことになる。
表情に見え隠れする、安堵と不安。ふと、ひとつの悪戯を思いついた。

「住まいはどうする？良ければ紹介することも出来るが？」

「……なら、お言葉に甘えたいです……正直、そんな事を考える前にてんてこ舞いなので……」

その返答ににやりとすると、上着の裏から一枚の紙を取り出す。

「そうか、ではこの書類にサインを」

セイランの紹介できる建物など、ひとつしかない。事実を知ったならば……きっと困惑して、面白い反応を見せてくれると思うのだが。

残像領域のどこかの町にある、行き場のない者の寄り合い所。運営は気まぐれ。
利用・改築自由の集合住宅。2LDKの5階建て。
管理者に御用の方は、3階の角部屋まで。

***

ユニオン活動：現在は制御*5
ユニオン購入：経験値+1、またはAP+10%