ENo.0203　ネリー・アイシャム

散々精を吐き出し、果てた男が寝息を立て始めると、ネリーはその胸に顔を埋めて、目を瞑る。

（これでやっと眠れる……）

男の規則的な心臓の鼓動が、自身のそれを忘れさせてくれるのだ。
ネリーの強化された聴力は振動感知機能も兼ねているため、ひとりで目を閉じてじっとしていると、どうしても自身の心臓の鼓動を強く意識してしまう。
時計の秒針の音が気になって眠れなくなる、いわゆる聴覚過敏と同じような症状であるが、ネリーのそれはより根が深い。
気になる程度で済めばよいのだが、じっと自身の鼓動を感じているうちに不安や焦燥感をかきたてられ、ひどい時には過呼吸に陥るほどだ。

「自身が撃ち殺した相手の心音が弱っていき、やがて止まるのを何度も聴いたのが心理的外傷になっているのだろう」と、それらしい理由を、引き抜き組織の闇医者は言っていた。
実際、配置転換を希望し、撃った相手の断末魔や死に際の呪詛、心音が弱って消えてゆくのを感じなくて済む狙撃手として仕事をこなすようになってからは、それ以上症状がひどくなることはなかった。
けれど、決してよくなるということもなかった。

聴力強化手術を受けたことについて後悔はない。
そうしなければ、ネリーはきっと戦闘中のどこかで死んでいただろうから。
チーム内の裏切り行為によって逃げ出すハメになったストラト工業の時もそうだし、レッドデア社があのラスティ・ネイルを雇った時などは音による索敵を駆使しひたすら距離を取って立ち回ったネリー以外のメンバーはほとんど全滅した。

つまり、これは生きるために力を得た代償なのだ、とネリーは納得していた。
とはいえ、行きずりの一夜を重ねて、その場しのぎの安息を得るような、そんな生き方をいつまでも続けられるわけがない。
そのことはネリー自身よくわかっていたが、睡眠という生理的欲求には抗いがたく、つい安易に爛れた関係に身を委ねてしまっている。

そんな日々に最近なんとなく後ろめたさを感じるのは、僚機のルート・ロックサイドの影響だろうか。
両親の復讐のために強くなりたい、少年の戦う理由にネリーはなんの感銘も受けなかった。
ハイドラライダー同士が戦い、負けて殺された、負けたのは弱いからだ。それで終わる話だろう、と思った。
それをわざわざ自分から危険なことに首をつっこもうというのだ。ネリーだったら肩をすくめて、すぐ忘れてしまうだろう。人生を賭けて復讐してやるような、いい親ではなかった。
彼にとってはそうじゃない、ということなのだろう。
それがネリーをイラつかせる。ルート・ロックサイドは自分とは価値観が、住む世界が違う人間なのだ。
少年がまっすぐ自分を見る目……なんだか自分が薄汚れているような、そんな風に思えてくる。


それなのに、突き放さずに僚機を組んでいるのはなぜだろうか。

好みのタイプだったから？NO、ハンサムではあるけど軟弱そうなのはあんまり……
射撃を褒められて悪い気がしなかったとか……？うーん…
まあ自分は押しに弱いところがあるし……などと考えていたが、納得できる答えを出す前に、ネリーの意識は夢の中へと沈んでいった……