ENo.0203　ネリー・アイシャム

ネリーはとある工業都市の下層の出身だった。
右を向いても左を向いても蒸気パイプと錆びた鉄しか見当たらないような街で、
少女のネリーは四角く切り取られた真っ白い空を見上げながら思ったものだった。

どこかに、もっといい場所があるハズだ。
ベットから降りる時に、真っ暗な中でヘンな虫を踏みつけやしないかとビクビクしないで済むような。
ここではない、どこかに行ってみたい。

そのためには、独りで生きて行けるだけの力が要る。
１２の時に家のお金をコートのポケットに詰めるだけ詰めると、
ネリーは残像領域で一番大きい都市を目指して列車に飛び乗った。

それから生きるために必死だった。
銃の使い方もすぐに覚えた。
幸運なことにネリーには射撃の才能があったらしい。
企業間の紛争が絶えない時代だったから、傭兵まがいの仕事でお金は稼げたので、
身体を売ったりすることはしないで済んだ。
まとまった資金が溜まると、聴力と反射速度を上げる強化手術も受けた。
ネリーは霧の世界に順応していった。

けれど、そうしているうちに、いつしかそこから抜け出せなくなっていた。
しがらみや契約などが増えたのもあるし、ネリー自身他にどうやって生きてゆけばいいのかわからなかった。
ここではないどこかへ行くつもりが、どこにも行けなくなっていた。

だから、『引き抜き』の仕事を選んだのかもしれない、とネリーは思う。
自分の代わりに、どこかの誰かをもっとよい場所へ連れてゆければ……
そうやってただの殺し合いに意味をもたせて、自分を慰めていたのかもしれない。
単純に、金払いが良かったから、というだけかもしれないが。

引き抜いた人物の『その後』の人生にネリーが関わることはなかったから、
彼らが前よりマシな人生を送れるようになったのかどうかはわからなかった。

***

そういう過去があるから、目を輝かせて射撃の腕をほめる僚機のルート・ロックサイド少年からネリーは目をそらした。

@@@ （私はただこの場所でしか生きられないだけ。あなたは違うでしょう？）

けれど、もしかしたらネリーが霧にどうしようもなく捉われているように、彼も捉われて、進めなくなっているのかもしれない。
復讐に。両親の仇を取るという、その一点に。だとしたら……

だとしたら？自分はどうするつもりなのだろうか。どうしたいのだろうか。
肩をすくめる。
ネリーが銃の撃ち方以外で、彼に教えられることなどあるだろうか。