ENo.0072　テオとニコル

　水の流れる音。通信に混線するどこかのニュースやCM。『レグルス』の棺内はいつも通り、うるさくはないが静かでもない。サルガッソーまで自動操縦の指示を出して、テオは息をつく。
　セクション３の攻略が終わった。味方の生存率が六割を切る激しい戦いにも関わらず『レグルス』の損傷は軽い。濃霧領域でのダメージ軽減は上手くいっているようだった。
　しかしテオ自身は疲弊していた。≪ΜΕΛΠΟΜΕΝΗ≫の武装、領域拡散精神遊離環は精神を直接揺さぶってくる。今までは少し頭痛がする程度で済んでいたが、セクションを越えて相手も強化されているのか、それとも攻撃を受けた側に何かが蓄積されるのか。頭痛と倦怠感で体が鉛のように重い。
　憂鬱極まったテオの目の前に通知がポップアップする。『アルテルフ』からの通信だ。

「お疲れさま。ノイズがいつもより強かったけど、どうにかなって良かった」
「おう……」
「大丈夫？　もしかして怪我でもした？」
「いや……遊離環……」

　慌てた様子のニコルを気遣う余裕もない。正直ここで寝てしまいたいくらいだけれど、その前に一つ聞きたいことがあった。

「その、ノイズの中にさ。話しかけてるみたいなやつ、なかったか？」
「どうだろ……いつも通り変なニュースとか、どこそこに遊園地がーとか、その程度だったけど」
「そうか。疲れてんのかな……」
「俺のいた場所で聞こえなかっただけかもしれないけど。とりあえず、帰ったらすぐ休****が***ない*******」
「くそっ、今日はダメだな」

　舌打ちをひとつ、スクリーンに手をかざす。周波数を弄ってもなかなか通信は復旧しない。ざりざりと響く騒音に共鳴するように頭痛がひどくなる。これはもう切断して繋ぎ直した方がいいだろう。
　通信終了のボタンに手を伸ばした瞬間、スクリーン全体が明滅する。

『……テオドーラ？』

　通話相手の表示はブロックノイズに変わっていた。
　それでも分かった。忘れかけていた、確かに聞いたことのある声。

「母さん、」
『戦場こそ生きる場所。この戦いを終えても、それは変わらない！　さぁ勝負だ！』

　情けなく震えた声に返事はない。代わりに聞こえたのはあの日出撃した時の言葉だろうか。過去を繰り返すだけの彼女はまぎれもなく残像だった。
　ずっと曖昧にされていた母親の死を突き付けられて、操縦桿を握り締めた。

「……どうして、アンタは」
「――、こちら『アルテルフ』！　『レグルス』至急応答を！」
「ッ、なんだ。敵か？」
「こっちに向かってくる機体があるんだ。たぶん残像かな……早く離脱した方がいい」

　きっと母親だ。ここに立ち止まっていれば彼女は目の前に現れる。もし会えたら握手でもしてもらおうか、なんて話したことを思い出す。

「テオ？」
「……何でもない」

　自動操縦を切り、操縦桿を握る。
　『レグルス』はサルガッソーへ向けて、出せる限りの全速力で走り出した。

Cafe ＆ Maintenance Mer-Millia

巨大樹木の中から、機械の大百足を探せば良い。
その樹の足元に、腕のいい整備士――あるいは料理人のいる店があるのだ。

カフェ＆メンテナンス『メル・ミリア』は、今日も密やかに営業を続けている。
禁忌戦争を生き抜き、霧とともに消えたとされたハイドラ大隊から戻ってきたと噂されている店主は、もはや多くを語らない。ただ、樹木に絡みつくように“眠っている”機械の大百足は、その時の店主のウォーハイドラだとされる。
時々たまに、思い出したように起き上がって、生きているかのように周りを歩き回るのだという。だから、この辺の木の根は金属の多脚にずたずたにされてしまって、あまり真っ当には育たないんだそうだ。店主はそう言って笑っていた。

今日のおすすめは、禁忌戦争で破壊されたと言われる要塞のひとつを模した店主手作りのケーキ。

！店および店主（ENo.7サブ）の既知可　4期既知（ENo.4）も可
！ユニオンに参加せずメッセで利用する体も歓迎
！ロールするキャラを推奨するかも

細かいこと：http://midnight.raindrop.jp/decoherence/union.html

（整備極ユニオンです。購入はユニオン主の独断。）