ENo.0303　生体電池『下村瘡子E』

たくさんの人が死んだのだと聴く。それともほとんど死ななかったのだと聴く。あの五年前の戦争でハイドラライダーたちに犠牲者は驚くほど少なかった。それだけに悲しみはきっと深かった。遺跡探索でも多くのライダーが命を落としているとニュースが入る。ことによるとあの戦争よりも多くの。ドゥルガーも戦闘ヘリも大幅に性能を上げていると人は言う。

わたしたちにとってまとまったことを考えるのは難しい。なにかとりとめのあることを考えるにはわたしたちはあまりに長く引き延ばされてしまっている。ひとところに固まったもののないままで遠くから聞こえるいくつもの亡霊めいた通信、ノイジーな誤聴、選択的なはずなのに覚えのないチャンネルに長く遠く引き延ばされている。ずっと流れている音楽を有線みたいとたとえることは知っていて、けれどわたしたちのどの部分も本当の有線放送を聴いたことはない。つまり、コンビニエンス・ストアや書店で流れるようなクラシックだとかポップスのボサ・ノヴァアレンジだとかを楽しんだことはない。トレーニング・ジムもアミューズメント・パークもわたしたちは知らない。

外では雨がやんだのだとキャスターが言っている。

蝙蝠が飛んでいると言っている。マテリアルベルトの通信は世界が破壊されると言っている。シルウェストリス航空をウォーハイドラが襲撃したと言っている――わたしたちの大きな部分はそのニュースに耳をそばだてる。ウォーハイドラに酷似した人型の機体？　わたしたちの多くの部分は期待する。それはもしかするなら、戦争の始まりかもしれないと思う。コロッセオの選手入場を促すアナウンスがあって、わたしたちは暗い通路のなかで現実に帰っていく。どこが現実かもわからないままで。わたしたちの戦争はもうずいぶん前にとうに傾いてしまった。





生体電池『下村瘡子E』、精神状態ランクBに移行。培養状態は良好。
電力供給誤差0.0100%を維持。
コロッセオに入場しました。

デバステイター・センチネルからの通信はすこし刺激が強すぎるのかも知れないな。
とはいえ変わろうとする世界に背を向けたままのアセンブルは閉塞する。
残像を割り当てておいてくれ。
優秀なライダー命を落としたそうだから。