ENo.0201　水槽の脳髄

《……》
《…………》
《………………》

《……遅えなあ》



「すいませんノウさん、お待たせしました！　ちょっと今後の方針会議が長引いちゃって……」
《もー、遅くなるならなるって言えよな！　端末から俺の聴覚野に連絡入れられんだろ？》
「ノウさんは会議の現場をご存じないからそう言うんですよ、ちょっとトイレに立つのにも結構緊張するくらいですしね……」
《ずっと待ってたんだぞ、こちとら聞きたいことあるってのによ！》
「聞きたいこと？　珍しいですね、何です？」
《あの本社の広報が言ってたさあ、『海』って何？　教育用の辞書にも映像にもそんなの載ってないんだよな》
「あー、それは僕らにもよく分からないんですよ」
《はー！？　2時間待った答えがそれ！？》
「外世界から来たと名乗る人物がたまに言うことがあるそうなんですが、そういうわけで残像領域では『海』という言葉は外来語ですよ。
　人によって差があるらしいですが、なんでも世界の表面積の大部分を覆うほどの巨大な塩水だまりだそうです」
《……で、元々ここはそういう場所だから、そのうちそのでけー水たまりに沈むってーの？　あのおばちゃんはさ》
「おばちゃん言わない。仮にも上司ですよ。
　……女史の話を素直に信じるなら、そうなりますね。本社で開発中というシステムが具体的に何をするのかもよくわかりませんが……」
《なら俺は大丈夫だな！　何せ元から水の中だぜ！》
「ノウさん、その水はただの水じゃないんですよ。栄養補給や酸素供給も行う補給用の特別な溶液です。今ここでノウさんを取り出して普通の塩水に漬けたら死んじゃいますよ」
《えっマジで？》
「それがマジなんですよ。ついでに例えば僕の脳を取り出して無改造でその溶液に漬けても生きられません」
《……俺って俺が思ってる以上に色々されてんのな》
「そうですよ、普通の脳みそは脳みそだけで酸素や栄養素を吸収する事なんてできませんからね。
　脳の表層にそうした吸収用の細胞を配して、老廃物排出用の仕組みも足して……とか、色々と処置をしています」
《ふーん……それだけ改造しても、結局海では》
「海の成分がこの溶液と同じでない限り生きられないと思いますよ、素直に女史の言うシステムに頼りましょう」
《DE・SU・YO・NE――――！！！》

生体脳使用ハイドラ『オーヴァルック』のサポート専門チームの待機所。
『オーヴァルック』帰投時は機体と生体脳の保全を行い、出撃時は戦果査定用の戦闘中継を見ながら手に汗握り、時には野次も飛ばす。