ENo.0046　ファティマ

　セクション・2の攻略は、かなり、危険だった。あまり、情報を掴めていない、メルポメネー、という機体と、メルポメネーの攻撃。セクション・1のときは、このどちらにも、苦しませられた、って聞いたけど、2回目の戦い、ということもあって、馴れた動きをした機体が、多かった、ように見えた。わたしも、エンサイクロペディア・フラグメント、という、新しい力を使って、同じ戦場の機体に、索敵を届けた。その中には、ディスポーザーが、2機いた。

　わたしは、人が死ぬ、という感覚に、実感が持てない。わたしの、パパとママも、とっくに死んでるけど、実際に、死んだ瞬間も、死体も見ていないし、死んだってことを、人伝に聞いただけ、だったから、どうも、いまいち、飲み込めなかった。けれども、レッド・リーザリーが、死んだ、という話は、すんなり、受け入れてしまった。
　レッドさんの、機体の名前は、ディスポーザー。レッドさんは、死んでいる。ディスポーザーが、2機いたってことは、分裂している、と言って違いない。ということは、死んだ人は、分裂するものなの？　でも、それが正しいなら、パパもママも、分裂して、わたしの家に、帰ってきてるはず、だった。だから、死ぬ、ということは、分裂する、ということではない。
　じゃあ、あの、2機のディスポーザーは、何なの？　霧が出ていると、死んだら、分裂するの？　それよりも、死ぬって、どういうことなの？　何が正しいの？

　先週買った、パーツの中に、レッドさんからの、お手紙が、紛れ込んでいた。内容を記録したら、破棄するか、肌身離さず持ってろ、って、書いてあったから、綺麗に開封できた、封筒の中に、お手紙をしまって、ずっと、胸ポケットの中に、しまっている。
　その、手紙を入れたままの封筒を、取り出して、鼻に近づける。そして、匂いを嗅ぐ。独特の、甘い匂い。ジュネリアさんと一緒に、レッドさんと、ジルさんに会ったときに出された、お菓子の匂い。そこから、お菓子の味も、思い出して、今、何も食べていないはずなのに、甘い味が、口の中に広がる。もう一度、あのお菓子を食べたい。レッドさんに聞けば、わかるかな。でも、レッドさんは、手紙に、十中八九死んだだろう、って、書いていた。だから、死んだのは、事実らしかった。けど、わたしは、まだどこかで、お話できるって、信じてる。あの、聞きとりやすかった声も、さらさらした白い髪も、妙に硬かった手も、忘れられなくて、五感全てにおいて、レッド・リーザリー、という男性が、刻み込まれてしまった。
　甘い匂いが、鼻をくすぐる、と共に、こうやって、胸が苦しくなって、なんだか、悲しくなる。けど、わたしの身体は、また、甘い匂いを求めて、封筒の匂いを嗅ぐ。レッドさんの思い出を、噛み締めて、苦しくなって、その苦しみを忘れるために、匂いを嗅いで、また、苦しくなっての、繰り返し。
　これが、異常な行為だ、ってことは、わかってる。けれども、身体が、そうすることを、やめないし、どこかしら、満足して、安心している、わたしがいる。

　レッドさんに、会いたい。ただ、会うんじゃなくって、また、お話したい。わたしが自由になったら、真っ先に、報告したい。
　でも、そのためには、ジュネリアさんと、ジルさんと、マノ社のみんなと、それから……

【ファティマ、マノ・ボトリング社の社員寮にて、故人に思いを馳せて日記を書く】

モニターに映る宿禰はいつも変わらない姿である。設定された姿なので当然なのだが。
「皆さんセクション2攻略お疲れ様でした！デバステイターもどんどん強力になってきています。注意深く進めましょう」
「そういえば、今回HCSに搭載された神話断片……社のアーカイブに何かあったような……？」

ジュネリアの要望を聞いたロドは口元の無精髭を触りながらぼんやりと答える。
「人探し……いや、ハイドラ探し、か……流石にその程度の情報だと何もわからんが……」
一息置き、
「どちらかと言えば『ジュネリア氏が探している』という噂が重要らしいな。まぁ、大した手間でもないし問題ないな……」
「経緯は知らないが、見つかるよう祈っておこう」