ENo.0201　水槽の脳髄

「……以上がここ5週間の経過記録になります。おおむねライダーとしての適応は順調です。
　支援機であることに多少の不満を持ってはいるようですが……
　戦場に出ることそのものと天秤にかけて、出撃拒否や逃亡などという形でこちらへ反逆を企てるほどではないようですね」
「息をするようにハイドラを操る実験体だ。ハイドラと繋いでいる時は、さしずめ猛獣を飼っているようなものだな……扱いには十分注意してくれたまえよ」
「もちろんです。
　幸いにして、彼は我々に親しみを持ってくれているようですから。不満をきちんとこちらへ話してくれるというのもその一環です。
　よくある話のように、不満をため込み突然の暴走という可能性は低いと思いますよ」
「それも君の言う『一般的な人格』の利点かね？」
「そうですね。実験体への非人道的待遇を伴う研究の場合、そうした形での実験失敗は多かったですから。
　当研究ではそうした可能性をできるだけ低減することも目的にしています。まあその辺りは、この遺跡探索を終えた後まで我々が無事だったらようやく成果になると思います」
「実験体は人道うんぬんを気にしなくていいから実験体なのだと思うがね。そこまで気に掛けていたら予算や時間がいくらあったところで足りんよ」
「ええ、足りませんよ。常に予算関係は綱渡りですし、実際『禁忌戦争』には間に合わなかった」
「それをかけても推し進めるような研究かね、これは」
「研究というのはそういうものです。
　無意味と思われていたものを十数年研究し続けてやっと実を結ぶことは珍しくもない」
「……好きにするといい。ところで」
「何でしょう」
「君が常にこの実験体相手に敬語を使うのも、その人道に則った結果なのかね？」
「いえ、それは違いますよ」
「じゃあ何だ」
「研究員と実験体という関係において、一線は常に引いておかなければなりませんから。
　彼が僕らに入れ込むのは願ったり叶ったりですが、僕らが彼に必要以上に入れ込むことはあってはなりません」

生体脳使用ハイドラ『オーヴァルック』のサポート専門チームの待機所。
『オーヴァルック』帰投時は機体と生体脳の保全を行い、出撃時は戦果査定用の戦闘中継を見ながら手に汗握り、時には野次も飛ばす。