ENo.0010　Led Leatherly

「もう平気なのか？」

扉を開けた横から、どこかのんびりとした声がかかる。白い紙コップと白髪頭の間を縫って、垂れ目がちの右目が覗き込んでいた。
同居人が自室の前で壁にもたれ掛かって待ち受けているくらいで今更仰天したりはしない。異なる価値観を持つ人と人が長く時間を伴にする条件とは、相手の行動の多くに慣れるということに他ならない。その点、少女の許容量は年頃の娘とは思えないほど甚大なものであった。

「うん。……リーは何ともないの？」

「特にこれと言って、何も。強いて言うなら、敵が強過ぎて頭が痛い」

吹いて軽く冷ましていたカップを摘むように差し出す。幽かに湯気を残すハーブは、果実が含まれているのか一際甘い香りが際立つ。
受け取った少女がこくりと口内を湿らせる隣で、男は廊下の壁を見つめながら己の額を拳骨で小突いていた。

「一応聞いとくんだけど、続けるかい？」

「――ごめんなさい。わたしたちが戦うことで、助かる人もきっといるから」

「そうだね」

少女にとっても意外なことに、男は酷くあっさりと首肯した。ちらりと見やると、その顔は笑うでもなく沈むでもなく、不安を覚えるほど穏やかなものだった。

「……リー？本当に大丈夫？気分が悪かったりしない？」

「領域拡散精神遊離環の影響下には無いよ。精神攻撃の類には大体耐性がある。
　いや、またしてもメルなんとかという奴にものの試しで命の危機に瀕するのは全く気分が悪いけれど」

呟くように発声する男の口角が微かにひくつく。微笑もうとして失敗したのだった。
誤魔化すように頭を振り、壁に預けていた背中を浮かした。猫背越しに覗く流し目が笑うように細められる。

「まあ、何にせよ君が為すべきと思うことを為すにあたって、俺に謝る謂れは何も無い。
　俺もいつだってそうしている訳だしね。さ、基本に立ち返って、できる限りをやってみようじゃないか。」

「……リーがそう言うと、すっごく不穏だよね」

奇妙に朗らかな低い声につられ、心配そうに寄せられていた眉根のまま少女が苦笑する。

「不穏でこそ順当、だよ。何しろこいつは戦争だからね。」

そう嘯き小首を傾げると、酷く自然な笑みが口に現れた。