ENo.0124　灰桜

テレビは、ロケットセンターからの中継で持ち切りだ。解決策など見つからないその状況に、シィは短い溜息を吐いた。

｢衛星軌道調査隊を乗せたロケットが、軌道上で消失。乗組員の消息も原因も全くの不明。 この前は一週間も雨が降ったし、どうなっちゃうんでしょう。この世界は｣

｢うん……｣

灰桜は端末から目を逸らさない。

｢世界のサイクルが不具合を起こしてる、とも言っていましたし、やっぱり……世界は、破滅に向かって……｣
｢うん……｣

灰桜はやはり端末から目を逸らさず、生返事だ。
そんな灰桜にシィは口を尖らせる。

｢企業からのメッセージですか？｣
｢うん。契約を結んだところと……差出人不明の｣
｢不明？｣
｢各セクションに突入する前に送られてくるんだ。救命だなんだと言って、不気味だと思ってたんだけど……ようやく正体が分かったよ｣

そう言って、灰桜は端末に表示されたメッセージを見せる。読み進めるうちに、訝しげだったシィの表情が変わっていく。

｢残像領域永劫化要塞……あの遺跡が、世界を作り上げると？しかも、莫大なエネルギーがあるって……企業が遺跡の調査に積極的なのは……｣
｢そういう事かもね｣

灰桜が契約した企業の一つであるマテリアルベルト発動機は、遺跡の破壊を目的としており、エネルギーを利用したい訳ではないようだが。

そこまで考えて、灰桜は担当からのメッセージを思い出す。
領域拡散精神遊離環の本当の目的と、それが既にセクション1とセクション2で2回照射が行われた事、もはや一刻の猶予もない事。

｢……遺跡の中枢に侵入し、ハッキングで遺跡を破壊し、世界を維持する｣
｢破壊？｣
｢マテリアルベルト発動機の担当さんの言葉。実現可能かは全く分からないけど｣

世界を維持、と呟いたシィは暫し考えたあと、首を傾げた。

｢あれ……なんだか、矛盾してませんか？｣

灰桜は頷いた。担当は『遺跡を破壊する事で世界を維持する』と言っているが、差出人不明のメッセージでは『遺跡は世界を維持する為に作られた』と言っている。

｢新参者の俺としては、担当さんの話を信じるべきなんだろうけど。わざわざ警告を寄越す遺跡の差出人の話も、全く信じない訳にもいかないなあ｣
｢でも、差出人は敵……ですよね？｣
｢ライダーから見たら、でしょ？何も俺は、遺跡側の味方をする訳じゃないよ。判断材料が少ないから、何とも言えないってだけ｣
｢え？す、すみません！そんな事を疑ってるんじゃ……｣

いいよいいよ、とシィが謝るのを止めて、灰桜はテレビに視線を移す。テレビは相変わらず、慌ただしい状況を映している。

｢今は大きな騒ぎになっているけど、時が経てば、この事件ごと忘れられるんだ。調査に向かった人なんて、最初からいなかったように｣

｢……それなら、覚えていればいいんです。覚えている人がいなくなるなら、伝えていけばいいんだと思います。歴史だって、そうやって僕達に伝えられてるんですし｣

決めつけ、諦めたような声音の灰桜に、シィはおぼつかない答えを絞り出す。

｢そうだね。安心したよ、君がそういう考え方をする人で。
……ライダーだって、突然消えてもおかしくないからね｣

残像領域、異世界の出身問わず、ハイドラライダーへの各種サービス・サポートを行う小さな企業。
格納庫や整備士の配備もさることながら、ライダーの衣食住も十分なものを提供している。
訓練場を併設しているため、体の鈍りもそこまで心配ないだろう。