ENo.0398　“Neon”

　
定例の機体制御訓練を終えて、息をつく。
少しばかりの疲労感。
走らせることそのものよりも、『制御する』という明確な意志を持つことに対する気疲れ。
不慣れだったそれにも、繰り返すうちに少しは馴染んできたように思う。


　　───グランの種族は、“外殻”である犬と共に生まれ落ちる。
　　星の方々に存在する祠で、機械仕掛けの犬が目覚め。
　　彼らはその内奥に、ヒトのかたちをした同胞（はらから）を抱えている。
　　グランもまた、そのひとりだ。


ここに配属されるまで、機体を自らの手によって制御する、という思考を持ったことはなかった。
グランにとって犬は手足ではなく“きょうだい”で。
彼女は“操るもの”ではなく、傍らにあり、共に駆ける半身だったから。

けれど。
歌声で機械へと働きかける、獣の耳持つ少女は別として───その他の二人は、グランとはまた異なったやり方をする。
こうして他者と訓練を共にするようになって、その事実を実感した。

彼らは機体と『対話する』のではなく、『自らのもの』として従える。
指先を動かすようにハイドラを操り、一歩踏み出すように空を飛ぶ。
それこそ、本当に自身の一部であるかのように。

……それは『犬』という一個の意志を持つ存在に乗り込むグランに、そのまま落とし込めるやり方ではないけれど。
そうしたものを、理屈ではなく実際に目の当たりにするのは、ひどく新鮮に感じられた。


「よっ……と」

不意に頭上から掛かる声。
振り仰げば、直属の上司───室長であるニッシュ・グラスターがそこにいた。

這い出るように機体から上半身だけを覗かせ、ハッチの縁に肘を突き。
こちらに気づいたか、すっとマスクを外してみせる。
……高速機用の顔面保護・呼吸補助の役割があるのだという、厳つい意匠のそれを取り去ってしまえば、そこにあるのは屈託のない笑みだ。

「お疲れ」
「…………、お疲れ」

労いの言葉。
少しの間ののち、鸚鵡のように繰り返す。……が、

「じゃ」
「は？」

言いながらマスクを付け直そうとする動きに、思わず声が漏れる。


「アンタは、」
「ん？」

ぴたりとニッシュの手が止まる。
呼びかけてしまった自分に、少しばかり驚いた。
……こちらを見る目は随分とまっすぐだ。
合って間もない時から、ずっと。

「……休まねえのか」
「ああ、」

得心したようにその頬が緩む。そうして、


　　「俺はもう一周飛んでくる」


言ってマスクをかぶり直すと。
青年は落ちるようにまた、コックピットへと戻っていった。


「…………、」

機体が飛び立つ。
直後、ブースターからエネルギーが噴出し───それもすぐに見えなくなった。

先程の返答が脳裏に甦る。
……一周、と口では言うけれど。
気が向けばいくらでも飛び回っていそうな、弾んだ声音。

「……変わったやつ」

ぽつり、呟きを落とす。
振り向いた先に見える、ピンクのメッシュヘアとましろの長髪。
手を取り合ってこちらに駆けてくる二人の少女。
少し離れた場所には、どこか呆れた風情で空を見上げる女性の姿が見えた。

……その変わったやつの下で、やっていかねばならない。
少なくとも、しばらくの間は。

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