ENo.0081　CODE NAME - H∧L

　
　
時は、未踏破領域の調査が始まる数日前に遡る。

ハイドラライダーの召集令。

禁忌戦争の生残りにとっては五年ぶりの戦争。
滅び行く世界にとっては千と五つぶりの変化。

青年はあるものを探して、ハイドラで飛び回っていた。
大規模な戦いが始まる前に見付けておきたい物があった。

禁忌戦争前、意図せずなくしてしまったもの。
青年にとって、命と同等かそれ以上の意味を持つもの。




何の変哲もない、母の名が刻名された歯車。
青年が養子に引き取られる前に母が預けてくれた歯車だ。

それが無ければ今の生活は成り立たなかったから。
それが無くては己の幸福に疑問を持ち続けてしまうから。


　　己は母に名を預けられ、
　　その上与えられたというのに。

　　───己が、その母の名を無くしたままでいいのか？


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さんざ探し回って、漸く辿り着いた廃屋。

禁忌戦争以来、放置してしまっていたあのガレージ。

長い時の果て。
酷く埃を被り苔や植物で覆われて。
朽ちかけてはいたが、かつての面影をそのままに。




屋内も酷く埃臭く、千と五年という時を物語っていた。

錆と埃で覆われたガラクタを漁り、
唯一無二の歯車を求めて何時間も手を汚し続けた。




工具置場、ハイドラ用の整備場、貯水槽、食糧庫。
簡易台所、燃料用倉庫、鍛治場、簡易風呂場、簡易寝室。

探し回って往来する度に、五年前の記憶が脳裏に過る。
未だ兵器だった己の心を支えてくれた、養父母の姿が。

つい昨日のことのように鮮明に。





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朽ちかけた廃屋の中。射し込む橙色の暖かな光。
肝心の歯車は見付からないまま、日没を迎えようとしていた。

この場所には無いのかもしれない。

大きく溜め息をついて、最後に「もう少しだけ」と手を再び動かす。


どうしても、諦めたくない。

母の名を無くしたままで、日常の幸福を享受できる訳がない。
母の名を忘れ置いたまま幸福を与えられ続けるのは
彼女の恩を忘れ、幸福を貪っているようにも思えて。

罪悪感と恐怖で押し潰されてしまいそうで、この上なく苦しかったから。

だから、家を出た。父にも、母にも告げず。歯車を探すために。


不意に、指先に触れた何かの感覚に違和感を覚えた。
規則正しく形造られた歯のような感触。

まさかとは思った。そのまさかだった。




漸く、見つけた。母の歯車を。

誰かもわからぬ者に暖炉へ放り込まれ、
千と五年の時間を待ち続けていた歯車を。

燃やされそうだったのだろうか？

錆が酷いだけでなく、黒い煤が所々にこびりついていた。
それに加えて、激しすぎる風化。
歯車としての機能は既に失っているようだったが。

刻まれた名は辛うじて読める。それだけでも十分だ。


　　　　「やっと、家に帰れる。」


これで、もう『忘れ物』は無い。

嬉々としてハイドラ『Halcyon』の側に戻り、搭乗する。
既に日は沈み、木々の隙間から見える空は赤紫色をしていた。


　　　　「……帰ろうか、Halcyon。」


夜の帳がおりていく空の向こう。
青色の光が一条映えて、遠くに消えていった。
　
　
　
　
　
　
　
　

　
　　　　『……届いてるかなこれ、もしもーし。
　　　　　お父さん、俺……ハルカ。……大丈夫だよ、俺は元気。もうすぐ、帰れるから。』

　

モニターに映る宿禰はいつも変わらない姿である。設定された姿なので当然なのだが。
「皆さんセクション2攻略お疲れ様でした！デバステイターもどんどん強力になってきています。注意深く進めましょう」
「そういえば、今回HCSに搭載された神話断片……社のアーカイブに何かあったような……？」

ジュネリアの要望を聞いたロドは口元の無精髭を触りながらぼんやりと答える。
「人探し……いや、ハイドラ探し、か……流石にその程度の情報だと何もわからんが……」
一息置き、
「どちらかと言えば『ジュネリア氏が探している』という噂が重要らしいな。まぁ、大した手間でもないし問題ないな……」
「経緯は知らないが、見つかるよう祈っておこう」