ENo.0096　オルト・イスケー

『OctolotuS:HCSを認識 接続開始』

蓮型ハイドラOctolotuSの操縦棺、その中心部にある円筒形の水槽にて

『OctolotuS:HCS-ナノマシン同調率20%』

操縦棺の中は体温ほどに生ぬるく、かつて自分がいた本社の実験槽を思わせる。身体を液中に浮かし、ゆっくりと目を閉じる。
その懐かしさは、未だ慣れない残像領域のじっとりとした冷気（これでも日が出て暖かくなったと言うが）から離れ、ささやかなホームシックを癒すには十分な温もりだった。

『OctolotuS:HCS-ナノマシン同調率40%』

だけどまだ狭い。自らの脚で踏み出して"外に出ていく"のは、記憶している限りははじめてだし、以前とは比較にならないくらいの人と触れ合った。いつの間にか入っていた休暇と、いつの間にか入っていた歓迎会（？）だとか、北方探査チームのメンバーと連れ立って向かった、膨大な量のパーツで溢れるマーケットとか。
その広さは、"水槽の外"は、自分が理解しているより遥かに広かった。この狭い円筒の水槽には収まりきらないくらいに。

『OctolotuS:HCS-ナノマシン同調率60%』

漕に満たされた液中のナノマシンと、体内のナノマシンとを同調させる。じわり、じわりと自らの身体を延長していくような。ハイドラの隅々まで血を巡らせていくように、その一つ一つのパーツの先まで、感覚を研ぎ澄ませていくような。

『OctolotuS:HCS-ナノマシン同調率80%』

もっと遠くまで行きたい、"水槽の外"──この、残像領域を地平の果てまで──

『OctolotuS:HCS-ナノマシン同調率100% System all green OctolotuS 起動』

目を開けると、視界に広がるのは水槽のガラスではない。レーダーを通して見える残像領域は今日も青空で、

『えっと！オルトさん、セットアップ完了しましたか？戦場に近づいています……っと、レーダー"Waterlily" 展開……さ、索敵行動を開始します。行きましょう！』
「ん、OKカオリン、行こうか……えっと、Godspeed……だったっけ？」

出撃前に口をついたのは、先達の、宿禰のような身体を持たない少女が教えてくれた彼らの挨拶。

『ええ、よき旅路を』
「そんな意味なの？……まぁ、いいけど」

出撃を告げるオペレーターの声に応え、戦場に相対する。美しい感傷は終わり、銃声と刃音が聞こえ始めるころ、機械の蓮は花開く。

――作戦会議室、あるいは各々の端末に通信が入る――



「みなさん！休暇はどうでしたか？」

「僕は本社とのデータ同期の通信確立に手間をとられて…こほん」

「休暇気分もそこそこに、今回は初めての実戦になる方も多いと思います」

「戦闘サポートこそできませんが、こういった情報の共有はお手伝いさせていただきますよ！」

「各大隊、さまざまなルートで北進するのですが、どうやら今回は会敵する相手はおおむね似たような構成のようですね」

「こちらの『戦闘ヘリ』と『テンペスト』という敵個体が強敵のようです。気を付けてくださいね」


「あ！あと連日暑い日が続いています！みなさん…とくに残像領域出身の方は日差しに気を付けましょう！帰ったら新作のアイスが待ってますよ！」