ENo.0302　ヨシャファート

　ああ、と思った。
　ついに、とも思った。
　いかづちだ。
　稲妻だ。
　こんな形でやってくるとは思わなかったけど。
　でもそれはやってきた。
　こんなところへまで。

　どんなことを言われるだろう。
　怒られるかなあ。
　少なくとも感謝はされまい。

　まあ、何だっていいんだ。
　ただ大事なのは、「結果」としてそれがやってきたこと。
　いまここに訪れたこと。
　応答があり、呼びかけがあり、これまでのすべての人生が報いとなって私を照らす。

　蜘蛛が好きだった。
　だから自分が名づける機体にはどれも蜘蛛の名を与えた。
《ドロメデス》
《ダイビング・ベル》
《トラップドア》
《ブラックウィドウ》
　そして《タラント》。　
　そう多くはない――だいたい、機体の名前ってのは依頼主や持ち主がつけるものだ。
　私が「彼ら」の名付け親になる機会を持ったのは、じつはあんまりいいことじゃない。
　それだけ、依頼主や持ち主の注意や気持ちが、その機体に向かなかったってことなんだから。

　人は気に入ったものに名前をつけたがる。
　そしてひとたび名前をつければ、どうしたって思い入れを持つ。
　離れがたくなり、忘れがたくなる。
　心だとか魂だとか、まあ呼び方はなんでもいいけど――そういうものの幾何かが、名前をつけた相手と結びつき、舞い戻るようになってしまう。
　自らのうちにある何かの一部が切り離されて、そこで永遠のものになってしまう。

　それがいいことか悪いことかはわからない。
　秤にかけられるようなものとも思わない。
　ただ少なくとも、私にとっては大事なことだ――そのお陰で、私の魂が行き場に迷うことはないのだから。

　いま私のなかには、たくさんの永遠なるものの欠片が眠っている。
　どれも美しい面差しをして。

《ブラックウィドウ》。
　「ドロレス」。
　彼はなんと言っていた？
　アレンジしたボディ？
　ワオ！　だ。
　しかし……。
　残像領域でうろついていた精神と魂というのは気になるところだ。
　あの実験が成功したとはとうてい思えない。
《アルファ・ラルファ》のやろうとしていたことは――私の目から見ても、無理のあることだったから。
　あの機体のなかにはいったい「誰」が入っているのか？

　ドロレス。
　私が名づけた《ブラックウィドウ》という名前を超えて現れた何者か。
　
　あれはいったい誰なのか？

　あるはずのない心臓が波打つ。
　まるで魂が感電したように。

　いまこうして瞬間的に過ぎる時間のなかにも返事が待ち遠しくて――。

ウォーハイドラに乗ったまま見るタイプのシアター。
投影機と画面が置かれているが、基本的には霧に投影して見るもの（画面は投影を補助するためのもの。
小さなパーキングの表示があり、そこだけ砂利が敷かれている。
表示の横には大きな電光パネルがあり、映像のシーンを適当にキャプチャした粗い画像と、《マーシャと月人たち》というタイトルが書かれている――。






　お嬢さん、もしあなたに
　うるさくつきまとう男がいたら
　　　青をこころに
　　　一、二と数え
　赤いくつをさがしてごらん……


(《青をこころに、一、二と数えよ》コードウェイナー・スミス　伊東典夫訳　ハヤカワ文庫)