ENo.0049　ソネル

「 To Eno325 ……っと」

同業者からのメッセージを打ち終えたソネルが、ハイドラのシートにもたれかかる。
最近ガブリエラがシャワーに入ったりを繰り返すようになったので、
睡眠時と逆にソネルが貸し倉庫のハイドラ内で作業することも増えた。
ソネルがあまりフラフラと出歩かなくなったので尚更だ。
雨ばかり降るのでは気軽にブラつけないというのも間接的な理由ではある。

買っておいた麻婆豆腐のレトルトはせっかくというべきかお陰様でというべきか『焼却』されてしまったので、
ソネルの口はゼリー状栄養食の袋を咥えている。
ずずっと吸い込みながら、送信ボタンを押した。

ソネルはこういったやりとりを積極的に行うタイプではないし、やはりあまり長続きもしない。
とはいえ傭兵として活動する以上は横のつながりというものが存在した。
同業者、ハイドラ関連企業の人物たち、その他、まあ、色々。
霧の深いを戦場を生きていくには、そういう繋がりは軽く見れたものではない。
戦場には自分以外のライダーがいて、彼らもまた眼前の死を破壊するのだ。
『アワーオブウルフ』が周囲の味方への援護を考えた構成なのは、ソネルがそれをよくわかっているからだった。

禁忌戦争後にライダーとなったソネルは、所謂ところの新世代だ。
新陳代謝の激しい業界とはいえ、実キャリアでいうと２年もないからヒヨッコと言われても否定はできない。
これといった人脈もなく、何か飛び抜けた技術があるわけでもない。
生死の狭間にいるという賭け金だけが支払える全て。
そんな戦場を粛々と務めることで、地道に生き延びてきたと言えるだろう。

――――命を放り出している時点で本当は地道もなにもない。
　　　・・
だが、こうする以外にどう生きていけばよかったんだ？

ハイドラライダーは千差万別。
そもそもライセンスの存在そのものがあやふやで霧の中にいるようなもの。
至って無難なものから、不可思議な事態まで、それを手にした経緯は様々だ。
それでも、命が霧と散る場所を選ぶということは各々それなりの理由というものがあるのではないか。

送信完了と表示されたままの画面を見る。
たとえばこの相手は一体何を思い戦場にいるのだろうか？
Eno30ガブリエラはどうだろうか？
……彼女は？

ソネルは結局、こうする以外にないという理由でそこに居続けていた。
『アワーオブウルフ』は、それに重みを与えてはくれた。
そしてソネル自身はそれでいいと思っていた。

だが、同じくそうする他ないガブリエラは、そうでないかもしれない。
ガブリエラに聞くべきことは多すぎて、結局のところほとんど話せているとは言い難い状態だ。
それでも彼女は、唯一の戦場から己が奪われた時に恐怖していた。
そして遺跡の声を聞いた今、彼女は過去を確かめ続けている。

ソネルが粛々と務めてきたことがソネル自身が選んだ重み――
わずかでも、短くても、つないできたもののの重力だったとして、
もしガブリエラが戦場以外の居場所を得られたなら、彼女は何を選ぶのだろう。
鏡写しのような過去を確かめることが、その道を開くだろうか。
強固に侵入者を阻む遺跡の扉が開くように？

過去……かつて起きたものは禁忌戦争と呼ばれている。
何だかわからないうちにそれは起きて、何だかわからないうちにそれは終わった。
色々なものがソネルの前から去っていった。
いつものように？
それとも、その時から？
随分後にハイドラライダーになったソネルには、どうあれそれはそういうものだった。
そうして、わずかな霧の中を戦い抜いてきた。

だから今は、ソネル自身がハイドラライダーだった。

画面に並んでいる受信したメッセージやニュースの中には、残像領域全体に起きる異常気象についてが多い。
衛星軌道、ロケット、終末……
MBMのスポークスマンは、遺跡の存在がそれらに関わると考えているようだった。
ソネルらは死の間際を行き過ぎながら、遺跡の中の何かに触れ続けている。
生死が烟る霧の向こうにはいつも大きな影だけが見えている。

過去。現在。禁忌戦争。遺跡。晴れる霧。降る雨。

新しい戦場を求めて北部へやってきた時、『声』を聞いた。
そうして飛び込んだ戦場も、自分も、やはりもう今までのそれではなくなりつつある。

メールボックスを閉じて、操縦棺を出る。
全く、それはソネル自身がかつて見たハイドラライダーの姿そのものだった。そうに違いなかった。
ようやく、ソネルはその事を自覚しはじめている。
だから最近は夢ばかり見るのか――とりきれていない眠気を感じたソネルは、頭を振りながら倉庫の扉を開く。
その瞬間にポケットから落ちたライセンスに彼が気づくのには、しばらく時間がかかるだろう。


----------------------------------------------------------------


薄暗い倉庫の中、ハイドラライダーの証はアイセンサーの光をわずか反射している。
形の有る、あるいは無い、その証を手にして彼や彼女はライダーになった。
ソネルももちろん、そうしてハイドラライダーになった。

至って無難なものから、不可思議な事態まで、それを手にした経緯は様々だ。

それをただ、『アワーオブウルフ』が睨むように低く低く唸り続けていた。