ENo.0409　ジゼル・ガミジーナ

ミルタと名乗る魔女と対峙してから数日。
今、白土ルネはハイドラライダー・ジゼルの部屋に居た。

「うーん…宝石箱…宝石箱って、この宝石箱じゃないよな…」
本物の宝石箱を無造作に鏡台の近くに放置している不用心さはジゼル特有のものではあるが、
それをちゃっかり頂きに来たわけではない。

ミルタに出題された謎の手がかりを探すために、そしてすっかり習慣化してしまったお部屋の片付けのため。
読みかけの本。色に迷って出しっぱなしのルージュ。寒さを図りかねて、ドアを出ては暖かいものに交換したためドアノブにかけられたマフラー。
あんな人でも結構生活感というものは出るものだ、などと思考が謎解きから離れそうになりながら、元あった場所へと片付ける。

「うーんうーん…霊障で隠されていたり…いや、こんな本を投げて寄越しておいて、鍵だけ目に見えない力で、なんて考えづらい…」
謎とは古典的な問いかけである。

曰く、霧に隠された宝箱。
在処を知るのは様々な獣たち。
偽りの十字架と蠅が待つのは、間違った道である。
足元には目印のミモザ、青い鳥の寓話がヒントとなる―。

「きっと、宝石箱がゴールなのは間違いないと思うんだけど。この辺りの地図にも、地形にも問題に相当するような名前や歴史は無いし…」
ネット上のどこかに鍵の在処が記されているのか？！なんて探してもみたけれど、手がかりとなるものはなかった。
一通りベッドメイクまで済ませて、部屋の主の帰りを待つ。ここ数日、それが果たされた事はないのだけれど―いや？

「！にゃんこだ！」

どこからか入り込んだのか。真っ白いペルシャ猫、正確にはチンチラシルバーのふわっとした影。
以前も遊んだことのある猫だ。
リボンを付けた優雅な姿でとてとて歩き、久しぶり、みたいににゃぁおと鳴くと。
すっかり撫でる体勢であったルネの脇をすり抜け、本棚に飛び乗る。

「どうしたんです？追いかけっこしたいのかな？って、あーっ！」
綺麗に納められた本を前足でひっかけ、後ろ足で蹴り出し、上の棚に跳ねては本を叩き落し、下の棚に下りては本にぶら下がり。
何とか止めようというルネの奮戦もむなしく、それでも本棚自体を倒すようなことはせず。
あっという間にお片付け前よりもひどい惨状に作り替え。

一通り満足したのか、ルネの腕に収まるともう一度にゃうんと鳴いた。

「うう…機嫌悪かったんですか、なんでこんなこと…」

ごろごろと喉を鳴らす猫を撫でながら、さてもう一度お片付けか、と腰を上げたところで彼女に電流が走る。
所謂ひらめき、バラバラだった謎に一つのピースがハマる瞬間。
散らばっているのは百科事典、辞書、天体図…そして、星に纏わる神話。

「にゃんこさん、お手柄！」
手早く情報をまとめ、必要な内容をメモに書き写していく。

まず大前提、霧に隠されて見えないモノ、とは星空のこと。
多彩な動物たちは星座である。星図に示された一種の「アドレス」として宝箱の在処を教えてくれる。

ケンタウロスの足元にあるという宝箱。
でも、人馬の姿をした星座はいくつかあり、それを絞り込むためには他の手がかりが必要だ。
狼、転じて狂犬を指して『対』
になっており、二つで一つの星座になっているのはケンタウロス座。
近くには蠅座（蜂座と言っていた時代もあった）は、カメレオン座が近くにあって、蠅を食べようとしている。
キタバエ座、というのもあるけど、これは牡羊座の近くにあるもので今回は無関係。
ここまで来れば、宝箱がNGC 4755：散開星団（ボクは知らなかったけど、別名宝石箱として有名らしい）を示すことはわかる。

でも、鍵がどこにあるかはそこからじゃわからない。
ゴールを宝箱だと思い込んだから、その先のヒントを宝箱探しに結びつけて混乱した。

「だから、不正解のルートをわざわざ教えてくれたんだな…」
宝箱は南十字星に含まれる星の集団だ。足元にあるミモザを探せ、とは南十字に含まれる星の名前を教えてくれている。
そして、正解の星図が見えないときに見えると言われた白鳥は北十字。
不正解である偽十字座を合わせれば、示しているものは明白だ。

青い鳥の寓話、すなわち旅の果て、最も身近なところに存在する―
何でもない日常の中でジゼルさんにもらった、この胸のロザリオ。

「キミ、もしかして全部―」

感謝を込めて視線を移すと…胸に抱いた猫はがじがじと件のロザリオを噛んでいる。

「ちょっと？！」

慌てるルネをよそにぷいっと白猫は十字に興味をなくし、その腕からも飛び退いた後、またもやとてとてと歩き去っていく。
優雅で気まぐれ、振り回すだけ振り回して、構ってほしいのかと思えばこちらを避ける。それがいつか何処かで会った、少女と重なって―
眼をこすった時には、もう居なくなっていた。

なお、ルネが涎でべったりのロザリオを拭いているうち、内部に隠された鍵を取り出すためのカラクリ仕掛けを見つけてまたもや悪戦苦闘したのは言うまでもない。