ENo.0130　かもめの亡霊『モーヴェ』

『やがて、奴はドゥルガーを起動させるだろう。ドゥルガーの……領域拡散精神遊離環によって、世界は水底に沈む。以上だ』


白兎の奴らのオレを実験材料みたいに見てくる（気がする）目から逃げるように契約した、マテリアルベルトから面白い話が聞けた。
顔はヘルメットでよく見えねえし、話し方もオカタイやつ丸出しだけど、その口調だからこそか、「世界が滅ぶ」なんておとぎばなしみたいな話も受け入れられる気がした。

…でも、水底に沈むのが世界の終わりなら、オレは残像領域に取り残されるんじゃないか？
オレには呼吸がいらないし、そもそも肺がない。かつて海水で満たされたのが最期だ。
どんな深さの水でも押しつぶされることはない。破けた服も霊体だから、水を吸わない。魚や船よりも自由に水の中を飛び回れるんだろう、今なら。

今でも死に際のことは少しだけ覚えてる。
大きな腕に引きずり込まれて、青色と灰色の混ざった視界が目に染みて見えた。その時に腕がオレをぱきっと折ったショックか、息ができなくなってか…それは思い出せないし、別に思い出したところで今のオレがどうにかなるわけでもねえし…クソ兄貴が今すぐ戻ってくるわけでもなし。

ただ、世界の終わり方とセクション2の知らせは、その時のことを彷彿とさせた。

それでもオレは海が好きだから、おそらく前者だろう。
世界中が海になっちまうなら、それは…青い海がいいな。
灰色の波が渦巻くんじゃなくて、澄んだ青色の海だったら…

「そーいう世界の滅び方なら悪くないか…オレだけ、だったら」
俺の目的は、…だから…まだ滅ばれちゃ困るんだけどな。

「クソ兄貴が溺れたら嫌だもんな」

…バイオ生体の改造の割引キャンペーンが、広域通信に紛れて流れていた。

「安い…けど、ぜってー違法だよなぁ…」
「ちゃんとしたヤツに頼まねえと」

…バイオの身体はマトモな所で作ろうとすると、高いらしい。知り合いのツテも思い当たる節が今んとこはない。
だけど、それだけこだわりたいんだ。オレは羽の一本も妥協しねえ。
それで、もし身体が本当にできたら、メーヴェが帰ってきたら、まずあのクソ兄貴を一発殴ってから、また一緒に…



……………

っと。
まぁそんな具合でオレには密かな野望があるが、それにはまず目の前のセクション２を攻略しなきゃいけねえな。

霧の噂によれば、そこは水に満たされているらしい。
海じゃなくて変な遺跡なのは気にくわねぇけど、彼女《コイツ》はそこで自分のもう一つの姿を垣間見る。

WHではなく、三段櫂船としての彼女《サラミス》は、きっと美人だ。

もちろん、デュアルブレードに触れた先からトーチカを半分にするのも最高にカッコいいけどな。

壊れてしまった、もはや時代遅れ、彼氏にフラれた腹いせ。
あれこれの理由で積もったジャンク品の山の中。
打ち捨てられたようで、実はとても手入れの行き届いた三段櫂船型ハイドラが一機。
ある一人の幽霊が、そこで暮らしているのだ。


「分かった。オレ、料理下手じゃないんだ。

雑なんだな」