ENo.0130　かもめの亡霊『モーヴェ』

《神に感謝す。余は余の義務を果たせり___》

「ん？ジャンク、今なんて…」



………

事は数日前に遡る。

次回の出撃先のリストを見た時、やっぱ少しぞっとした。
いつか当たるだろう、とは覚悟はしていた。

あのボロをまとった機体、ドゥルガーだ。

別に霊障自体は怖くない。撃墜される時は、テンペストのプラズマ砲でも同じだ。ただ方法が違うだけだ…

恐るべきはその「強さ」。生半可な腕前なら、救援信号が暇になったライダーに届く前に戦場は壊滅する。
死亡許容の書類にサインをしていれば当然、死ぬ。

「兄ちゃん、大丈夫かな…」
フェティヤはオレと違って残像領域に慣れていない。安全装置こそハイドラにつけているけど、『いつ何が起こるか』分かったもんじゃない。
…生憎サラミスは、いつかの大型帆船WHみたいな防衛には向いていなかった。それに、オレのライダーとしての腕前だって……正直、今は自信がない。
ハイドラにはふたつとして同じ形は無いからこそ、ここ数週間で現れたライダーの方が上なんて事、ザラにあるんだ。
オレはそれにようやく食らいついてるって状況…これで兄ちゃんまで守って自分も兄ちゃんに心配かけさせないなんて芸当、まるで出来る気がしなかった。

こんなに自分に自信がないオレは、生まれて（あと死んでからも）初めてだった。


…オレなりに考えて、せめてオレが心配かけちゃいけない、って思った。ハイドラライダーなら自分の身は自分で守らねえとやっぱりダメなんだ。
その究極形を、オレは知ってる。



………

ジャンク船型ジャンクパーツWH『ジャンク船』。
…その前身には大型帆船型WH『カロン丸』があり、彼女《コイツ》は主にその残骸と鳥の羽からできていて軽い。
主にデバステイター・ユニットの高速チャージと、限界駆動で少ない装甲を吹き飛ばしながら戦ってた、オレが最初に、オレ一人のものとして作り上げたWHだ。

軽すぎるから、保管場所も実はちょっと特別。
…ジャンクバラック地下の保管庫で、彼女はおとなしく錨につなぎとめられていた。他のメンバーには特に伝えることもないからナイショにしてるけど、フレースヴェルカ辺りが嗅ぎつけそうだとか、勝手な想像をしてる。


「なあ、ジャンク」

答えない。3つのエンジンも切られていて、HCSシステムもすでに応答しないはずだ。

「借りるぜ、お前の力」
「…慣れてるだろ？バラされんのは。バラしたパーツをまた誰かのものにしていくのは」
「受け継がれるんだ。お前の次元を超える力」

オレはジャンク船に積み込まれたグリスターユニットに、『さわった』。


コードを外し、劣化した部分はまた更に別のもので補う。
5年前からやってきたことだけど、罪悪感をほんのちょっぴり覚えるような……

*ｻﾞ*

二つ目のグリスター・ユニットに触れた時、ノイズが耳を微かにくすぐる。

《…神に感謝す。余は余の義務を果たせり》

*ｻﾞーーー！* *ﾌﾟﾂﾝ*


「ジャンク…？」

今、なんて。
海の国でオレの父さんから聞いた記憶がある。どこかの海で起きた戦争で、辣腕を振るった人の最期の言葉。

そんなシャレた言葉を本当に言ったのなら、彼女《アイツ》、どこで覚えてきたんだろう。
よくある霊障とオレの勘違いかな。それとも生体電池として登録された腕で触れたから、HCSが一瞬息を吹き返した？それでも、彼女《コイツ》にはシステムメッセージを表示するだけの力しかないはずなのに……


霊障かもしれない。本当に霊障だったら、たまには面白いこともするんだな。


もうジャンク船に錨はいらなくなった。
今度はサラミスにそれを付けに、保管場所の重いドアを開けた。

壊れてしまった、もはや時代遅れ、彼氏にフラれた腹いせ。
あれこれの理由で積もったジャンク品の山の中。
打ち捨てられたようで、実はとても手入れの行き届いた三段櫂船型ハイドラが……無い。何処かへ消えてしまったかのようだ。
ある一人の幽霊が、それについて聞かれるとニヤリと笑う。




「どこだと思う？メテルカならわかんじゃねえかな。」