ENo.0051　アンナロッテ

(これは8週目です)
　進軍は順調だった。
　敵機はまばらで、大した脅威でもない。ただ確実にうっすらと霧濃度は高まっていた。
　電磁波の変化を表す曲線のパターンは霊障だ。それも汚いほど混雑したピークの集合体は、霊障の沼、霊場の存在を示唆する。
　この戦場は霊場が多すぎる。霊障もきついし、あそこにたむろする残像の相手をするのも嫌だった。存在が不安定だから数字で相手を捉えなきゃならない。レーダーの負担と、解析する気力の消耗も激しくなる。
『アンナ！霧が濃くなってきた。地形はどうなってる？』
「今送るわ」
　《フォグホーン》からの通信に、いじっていた地形データを送って応える。通信の際に少しノイズが入ったが、これも霊障だろう。もっと霊障耐性のある装備にするべきだった。索敵機は通信できなければただの箱だから。
　ブラッド・メルヴィルはあれからーーサルガッソで別れてから、サイレンに少し遅れて駐機場に現れた。彼は話しが弾んで時計を見ていなかったとか言って謝っただけで、それ以上のことは言わなかった。つまり、昔馴染みと組みたいとかそういうことは全く。
『おや、割り込みだ』
　《創造主》が声を弾ませる。自分はのぞき魔のくせに、のぞかれるのが嫌いな《創造主》は、通信チャンネルのセキュリティをがちがちに固める癖がある。そこにアクセスしようとするなんて、誰かと思えばジェイ・バレットだった。発信元は《アラーネア》になっている。ブラッド・メルヴィルとはよほど仲が良いらしい。接続を許可した。
『こちら、ジェイ・バレット。聞こえるかい？お二人さん』
『ジェイ！』
「さっきの……」
　謝るなら今では。言い出す言葉を探すうちに、二人の会話はどんどん進んでいく。
『同じブロックだったのか！』
『ああ、俺も驚いた。ぜひ同行させてくれ』
『もちろん！ジェイが居れば百人力だ！』
「ちょっと！」
　いつの間にか後ろにいたはずの《アラーネア》が、私たちの前方を走っている。少し気が逸れているうちにこれだ。ただ重多脚のフォルムはとてもかっこいい。
「その人、他社の傭兵でしょう？組むのはまずいんじゃなくて？」
　子どもじみた想像がちらつく。やはりジェイ・バレットは、私からブラッド・メルヴィルを奪っていくんじゃないか？
『やはり妬いているじゃないか、アンナ』
　《創造主》が嬉々としてささやく。「黙っててよ」語気強めにささやき返した。私は別に、僚機がブラッド・メルヴィルじゃなきゃいけないってわけじゃない。ただやっと慣れてきたのに、あてにするものにいなくなられるのは困る。それに彼は《創造主》の目的を耳にしたのだ。
　そんなことは露とも知らないジェイ・バレットは『大丈夫だよ』と鷹揚に答えた。
『俺のところはどうせ、今回で最後なんだ。煩いことは言われないさ。それとも、俺じゃ君の騎士は務まらないかい？』
『失礼だな。アンナはわたしの騎士だよ』
「なっ……！」
　《創造主》の世迷い言は相手に聞こえないぎりぎりのささやき声だった。どれになにを言うか咄嗟に出なくて、結局口をつぐんだ。相手をしないのが一番だ。小娘だとばれているとこれだから。
　だけど少し嬉しかった。私はまだ、《創造主》に必要とされている。
『安心しろよ、アンナ。ジェイの射撃の腕は一流なんだ。訓練所じゃ誰も敵わなかった。頼りになる奴なんだぜ』
「ふうん……まあ、あなたのパルス砲の腕前よりは頼もしそうね」
『……。』
　ブラッド・メルヴィルは気まずそうに黙った。射撃の腕がいいなら確かに戦力として頼りになるだろう。なにより《創造主》がなにも言ってこないのだから、私には拒否しようもない。
　データの送信先に《アラーネア》を追加し、最新のものを送った。この先はまるで迷路だ。

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