ENo.0166　ステラ＝アレグレット

心地の良い鼻歌が聞こえる。
彼女が上機嫌なのはいつものことだ。
自分の手足が無くなっても、それは変わらない。
彼女は暇があれば、鼻歌混じりに機械を弄っている。
その無邪気な顔がずっと好きだった。


でも今は……
彼女自身が変わらなくても、周りの環境は変わる。
一日中飽きることなく機械を弄りまわしていた彼女を見ることはもうないだろう。
義肢のメンテナンス、ライダーの仕事、彼女に新しく増えた仕事は、明らかに彼女からその時間を奪っていた。
彼女の時間を奪ったのは、他でもないこの私なのだろう……
あの事故が起きた時、彼女は私の命を救った。
代わりに、私の心は無明の闇に放り出された。
今では、あの時助けてくれなかったら良かったのに、とも思う。
そして、そんなふうに思ってしまう自分が、心底醜いとも思う。


「……ベア？」


彼女の声がして、ハッと我に返る。
彼女の純朴な瞳が私を覗き込む。


「どうかした？　ボーっとしちゃって……
　あ、ひょっとして私が可愛すぎて見惚れちゃった？」
「……鏡、見たことある？
　あまりのアホ面に軽く眩暈を覚えただけよ」
「素直じゃないな～ベアは。
　そうやって照れ隠しするところも可愛いけど～」
「はいはい。どうでもいいけど、そろそろメンテナンスだから、準備してよね」
「ああ、もうそんな時間！
　これやってるとつい楽しくて時間を忘れちゃうね！
　オッケーオッケー、すぐ行くよ」


作業を中断して片づけ始める彼女を見て、小さく溜息を吐く。
私はまた、彼女の時間を奪ってしまった。


こんな苦しい時間が、いつまで続くんだろう。