ENo.0030　ガブリエラ・ストークス

　操縦棺から落ちた。

　支えるものがなくなって、重力に身を任せるままに落下する。

　水銀灯の冷たい光を照り返す水面が視界に入る。駆動試験用の貯水槽だ、と考えるよりも早くそれに突っ込んで、それから視界は白く濁る。一面の気泡。水の中へと押し込まれた空気たちが、身をよじりながら上へ上へと急ぐ。

　貯水槽に落下したのだ。
　それを理解したと同時に、私は海の話を思い出す。誰も見たことはないのに、囁かれるその存在。

「『サルガッソ』は海の名前らしいね。海の底ってああいう感じなのかしら？　水の底から上を見上げたら、どんな色がすると思う？」

　Eno11グロリアの言葉に導かれるようにして、私は顔を上げた。私は深いところへとゆっくり沈んでいたようで、水の向こうから差し込む灯は揺れている。定まることを知らないようで、そこかしこの気泡を、散らばった銃弾のような色で光らせながら翻っている。

　気泡、それから重力へと思いを巡らせる。

　消え去りゆく気泡はどうやって生まれたのだろう。もちろん、それは水と空気が撹拌されてできるとわかっている。銃弾を撃ち込んだ機体が燃え上がるように、気泡というのは立ち昇る。気泡とは結果なのだ。結果とは、それに至るプロセスがある。

　ならば何が撹拌したのか？
　銃弾のように、貯水槽へと撃ち込まれたものは何だ？

　何よりも落ちるということは。万有引力の法則とは、2物体の間には、2物体の質量に比例する力が生まれる。天体の引力に作用したものも、質量を持たなければ引き合うことはない。

　何に引力が作用して、何が落下したというのだろう。

（私はここにいる）

　それは言葉をなさない。いくらかの泡と、鈍った響きになり、むしろ内へと流れ込むものがある。不快感と痛みを（痛みを！）覚えて、反射的にそれを吐き出すようにむせた。


　次いで訪れるのは何か切迫した感覚。
　判断が追いついていないのに行動していた。突き動かされたとしか言いようがなかった。重力から逆らう方向へ。それは攻撃被弾のアラートを受け、咄嗟にブースタを吹かすのと似ていた。その間に思慮はない。すでに身についたものとして、ただそう振る舞うばかりだった。危険に対する防衛。それは本来の私にとって、必要のないものだった。なぜならそれは、肉体のためのものだからだ。

　水面を、揺らぐ光の帯を破く。

　そして飲むように大きく息をした。いくらかの水が入り込んだせいで痛みを覚える。

　せき込みつつも、んとか貯水槽の縁に手をかけて、引きずりあげた――身体を。

　私の身体を。

　濡れた髪が顔に張り付くのを爪でかくようにしてよけて、顔をすべる水を手の甲で拭う。
　そうして顔を上げると、少し離れたところに、Eno49ソネルが立っているのが見えた。

　ソネルは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。