ENo.0049　ソネル

二人で初めて食事に行ったのは、繁華区外れの中華料理店になった。
この一帯そのものが遺跡攻略拠点の一つだから店の装いそのものは新しめなのだが、
照明が若干薄暗く、赤と金を基調とした内装が相まって清潔で派手なのにどこか薄汚れた印象もある、奇妙な店だ。
雷雨が続いて外がずっと薄暗いことも原因の一つではあるだろう。

中華、という意味がなんなのか、ソネルもEno30ガブリエラもよく知らなかったが
とりあえず個室もあるし、あのレトルトの麻婆豆腐と言うやつは中華料理という名前だということは確かだった。
高級中華と看板にある。レトルトではないそれがここでは食えるはずだ。
何の店にすればいいだろうか、と考えた時、ソネルはガブリエラが好きそうなものをそれしか浮かばなかった。
ガブリエラが肉体を手に入れてから数週間が経っていたが、彼女が何を食べていたのか、よく知らなかった。
今日少しはわかるようになるだろう。

入る瞬間、ちらっと見えた他の客は、普通にただ食事をしにきていている一般人以外にも
どう見ても堅気じゃない怪しげなスーツ姿があった。
なるほど、それなりに値の張る飯を出しつつも、堅苦しいところがなくて個室がある。
色々と都合がいいということだろう。
他に見えたのは多分、同業者。視線の雰囲気でわかる。
ソネルはそれを『霧の向こうを見ているような目』と感じていた。
そしてソネルがそう思ったように、ソネルら自体も周りからそう見られているのかもしれない。
確かに、堅気とは言い難い。
ソネルもガブリエラも、ハイドラライダーなのだ。

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ガブリエラは比較的肉食らしいということをソネルは知った。
いや、語弊があるが、ともあれ肉料理が好みの方らしい。
店のメニューはとにかく品目が多く、とりあえず色々食べてみようということで片っ端から頼んだので
丸いテーブルの上はつまみ食った皿でいっぱいになっている。

「無意味にテーブルを回し続けるのはやめろ」
「いや、そっちの……これ。これを取りたかっただけだ。無意味じゃない」
「今２回転必要あった？」
「それは……砲塔みたいに回るなと思って」
「やっぱ無意味に回してるじゃねーか」

既に二人で食べ切れる量ではないので、完全に無駄遣いではあるが、別に二人の懐はそう痛くない。
ハイドラライダーの収支はそういう領域の話ではないし、
そこでアシが出ていないなら高級料理店とやらで多少散財しようがどうしようが、さしたる差ではない。
あのハイドラライダーも……カフィネ・オレイラウもそうだったのだろう。

席についてから食べ始めてしばらくは、戦場の話をした。
色気もなにもないし、プライベートで仕事の話をするような無粋さがあるが、
とはいえ正直なところ二人とも共通の話題はそれぐらいしかなかった。
それに、お互いでテーブルを囲みながら前の出撃のことを話すのは、初めてだった。
限られた話題にもかかわらず話すことはいくらでもあった。
話すべきことは、本当にたくさんあった。

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「私がいなくなっても大丈夫か？」

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「俺が知っている女ライダーの名前は、カフィネ・オレイラウだった」

切り出しはその言葉だった。

「前に話した通り、その女ライダーには経済的に随分世話になった。親もなけりゃ先立つものもねぇ底辺のガキどもだし」
「理由は聞いてねー。聞いたら終わるような気がしてたしな」
「五年前……そう、お前より前の『ガブリエラ・ストークス』がいた禁忌戦争の終わり際、彼女に俺は聞かれた────」

ソネルが呟くように続ける。
残像が繰り返し続けた残響を。応えることが無意味なその響きを。

「────そんで、『いつまでも頼りゃしねー』って答えて……その後すぐ彼女は消えちまった。禁忌戦争で死んだんだろ」

真実はわからない。事実はただそれだけ。
もしかしたら彼女はなにかに辿り着いたのかもしれないし、そうではないかもしれないが、
それらはもはや霧の中だ。
過去に存在したガブリエラ＝ストークスのように。

「彼女の援助は俺らが暮らしていけるようにって感じで、
　まあそのおかげで俺もその時職はあったし、他のガキもある程度な。
　そう長い間じゃなかったが、それでも盗みぐらいしかまともにやることがねーヤツが、
　読み書き計算を習う暇ができてただけでも随分違うしよ」
「ただまあ、彼女がいないんじゃそのままの生活は続けられねぇ。戦争の後でバタバタもしてる。
　身内も別々ん道に進んでって、俺の前から消えた。俺が前から消えた。どっちでもあるか」

もはや消え失せたものの残像。
だからそれは霧に烟った。

「一年経って二年経って、あちこち転々として、
　この先どうするのかってちらっと考えた頃だったかな……それを拾ったのは」

ソネルの手の中で鈍く光を反射するライセンス。ハイドラライダーの証の一つ。

「彼女と同じ稼業つって、それを特別どうと思ってたわけじゃない。とにかく戦い抜くことだけ考えてた。
　……つもりだったんだな」

霧の向こうに消えたものを追うには、もう霧は晴れていた。
戦場とはその数少ない例外だったのだ。

「遺跡探索の参加を決めた時も、それほどなにかの変化を期待してつもりはなかった。
　でも多分本当はそうじゃなかった。俺は『声』を聞いた。『私はここにいる』ってな。
　そうしてすら、俺は全くわかってなかった」

聞くガブリエラが、時折頷く。
かつて姿のなかった頃、彼女の応答とはつまり全て声だった。
そんな違いすら、ソネルは今頃ようやく気づいた。

「知らないヤツの……アルファエイトだの篠崎だのの話をお前として。
　だから自分を誤魔化してたし、わからないままだった」

見出したかった『この先』は、もはや霧と散ってどこにもない。
霧の向こうに去ったものといって、しかしそれは、やはり喪われたものだ。

「お前がその見た目で現れるまで、俺は本当に何も分かってなかった。
　俺がカフィ姉に応えた台詞は本当に何の意味も実もなかったってことがな」
「待て。私のこの容姿は、そのカフィネという女のものなのか？」

ソネルはガブリエラを見た。
もう怯むことはなかった。

「ああ。少なくとも俺の記憶の中のそれではある。
　でも、これは本当に、お前には別に関係ない話だ。
　お前が誰じゃねーのかって話なんだ」

それが答えであり、もはやそれ以外のことは意味がない。
だが、人には言わなければならないことがある。
必要な通信が。

「ただ……そうだな……すまねーな。
　お前は、今は、俺の僚機のハイドラライダー、ガブリエラだ。それをようやく、わかったよ」

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