ENo.0004　オペレーター&シルバー

　傭兵とは往々にして煙たがられる存在だ。
　金に汚く、命のやり取りを軽く行い、誠実に一か月働いた人間よりも少し上のレートのはした金を得る。
　より多く金を稼いでいる者もいれば雇用契約によってもっと少ない金額を渡される者もいるだろう。
　特に今の時代は機械が戦争を代理している。老若男女問わず、ハイドラに乗る資格さえあれば妙齢の子供でも、いっそ女だろうが戦場に出られるある種の男女平等の実力主義だ。
　ところがそこで勘違いしたフェミニストから上辺だけの金額を見て悪態を付く者、そもそも荒事を合法化して金を得ることを嫌う層は傭兵の数以上に多く、盛大に声を荒げ始める。それがエスカレートすれば民意としてデモが発生する、というのも数々の歴史を紐解けばよくあること。
　プロパガンダの外装を得て、大々的なパレードを執り行って英雄視したところで結局その手は血に汚れているし、他人を素知らぬ顔で蹴落として勝ち取った地位と名誉に過ぎない。
　結局のところそういう手合いはどうにも嫌われるものだし、それを覆そうとすればより一層悪化するのは火を見るよりも明らかなのだ。

「……外はこんなに息苦しくねェのにな」

　シルバーはOMS社内の喫煙室を陣取っていた。紫煙に包まれたボックス内は常に空気を清浄しているものの、長年積み重ねた曇りは喫煙者と非喫煙者の蟠りのようにこびりついていて汚いスモークガラスと化している。
　この階層には喫煙者がほぼいないとかで穴場スポットとして活用していた。
　通常の傭兵としての業務の他に、機体のテストプレイヤーの任を任されているシルバーは定期的な健康診断や肉体の調整、『ガンブラー・ハザード』無人化計画にあたりＡＩにインプットさせるモーションのパターン測定といった細々とした仕事をこなさなければならない。特に診断や測定は待機時間を含めると出撃している時よりも長い拘束時間を要して来るので、こうして喫煙でもしなければやっていられない。
　幸いにも殆ど人が来ることのないオフィスを見つけたから堂々と煙草を吸っているものの、極稀に入ってくる社員には睨まれたり煙たがれたりすることは少なくない。入館証を見せびらかすと舌打ちを返されることも儘あるが、悪いことはしていないのだから構わないだろう。

「大企業サマも狭量だこって……」

　《シェルター》は他国と異なり非常に進歩した国だ。科学力も技術力も他の大国と同等、あるいはこのシェルターこそそれらを凌ぐ性能性能を有している。先進国に至っていないのは守秘的な面が非常に強く、閉鎖的な意識が強い傾向にあることが第一にある。
　如何に優れた技術を持とうと、《シェルター》は技術を国外に出すことは嫌う節があり、その上他勢力を取り込んで返そうとしないがめつさも合わせれば、肥え太りながらも動きが機敏な『動けるデブ』に早変わりする。
　物資等の流通は相応の対価を支払うが、その一点のみを頑なに守ろうとする国民性が伝播すれば、よそ者を嫌うようになる。
　この場においてシルバーは紛れもない異物であり、本来なら排斥したくてたまらないのだ。

　コンコン――と。
　喫煙室の中では聞き慣れないノックの音が聞こえて、そちらに顔を向ける。目深くフードを被ってこんもりとした見た目の人間が立っているのが窺える。
　チェック柄のスカートが見えることから女性らしい。

「失礼します。こちらの喫煙者用のオートロックドアのＩＤは当方には開錠できませんので、こちらから言伝を……」
「……ン、ああアンドロイドか。今行く」

　妙に溌剌とした声で分かり辛かったが、やや遅れて機械的な音声だということ、先の言動からOMS社で働く機械と判断した。煙草を灰皿においてから髪を掻きつつ、扉のオートロックを解除した。

「シルバー様、仮想シミュレーターによる性能テストの準備が出来ましたのでご案内を……」
「お前……」

　見知った顔だった。桃色がかった白髪にアメトリンカラーが特徴的な十代後半程に設定されたアンドロイド。大きなアタッシュケースを両手で持ちながら手を組み、深々と彼女はお辞儀をする。

「ハック・アライブでは沢山のご注文ありがとうございました。当方はOMS社技術顧問補佐官を担当しています。《異境》アンドロイドのK・K(ケイ・ツー)です」

　動作は人らしく、明瞭とした声はシェルターに使用される一般的な音声よりもはるかに人らしい。発音が完璧すぎて逆に機械らしさが出てしまうのは技術の進歩による弊害と言えるものの、表情や微妙な感情の出し方まで完璧な機械である。
　OMS社には一体だけ不気味の谷を思わせる程の精巧に出来た人形がいるという噂は、シルバーも様々な場所で耳にしていた。

「……あっちは副業か？　機械が副業するなんて聞いたことねェよ」
「はい。ですがOMS社のアンドロイドの規定は第22-2条から17までに網羅されている『高さと重さの制限規定について』と『非武装型であること』『稼働し過ぎないこと』というだけですので。副業は可能ですよ？」
「そりゃ良い。規定に反しないなら自由に出来るのは都合が良いな」
「シルバー様もアンドロイドになられますか？」
「ジョークまで飛ばせるか。面白ェなお前」

　軽く頭を撫でてやると、彼女はくすぐったそうに身を揺らしていた。フード越しに伝わる髪と地肌から放出される熱は紛れもなく人間そのものの触り心地で――気後れするほどの再現性を秘めていた。
　これを作ったのは余程の傑物らしい。人と見間違う、あるいは技術を知らない者からすればそれでも機械と気安くみられるだろうが、多少なりアンドロイドや人工知能の何たるかを把握している者なら泡を吹いて卒倒する代物だ。
　人は見た目からなる第一印象と数秒喋っただけで人となりが分かるというが、傭兵もオペレーターも、このアンドロイドもそれは変わらない。

「ンで、あのバイクの性能測定か。項目は」
「こちらで話すのは宜しくないので、測定室でお話します」
「……そうさね。一応テスターだからな。そっちのご意向ってのに従うよ」
「その前に守秘性を問わず、情報漏洩の恐れを抱くのは社会人としては当然のことですよ。シルバー様は契約書を読まないタイプですね」
「そこんとこはちゃんとしてるさ。金と命が掛かってるんだからな。あァ待ってくれ、ガスマスク持ってくる」

　そういうとシルバーは机に置いたガスマスクを手に取り、燃え残った煙草の火の鎮火を確認してから喫煙室を後にした。


◆　◇　◆　◇


「技術顧問。言われた通りシルバーの体格に合わせてシートの角度の調節をしてみました。あとで複数パターンをシミュレーターに落とし込んでおきます。それとカーボンフレームの耐久試験の結果をこちらに」

　シルバーの出撃命令のない日のオペレーターは専ら他のデスクワークに明け暮れているのだが、今日は性能測定に並行してハイドラの機能改善を行っていた。
　曰く『ケツが痛くて死ぬ』というので呆れながらシートの角度を調整し、耐久性の向上も兼ねてシートの張替えを行っていた。ある程度は機械学習によって快か不快かを判別できるのでそちらでシミュレートを行い、破壊テストなどを通過したものをえり好みして何度も調整を繰り返す。
　ようやっと一項目終わったと思えばまた次の要望に対応する。シートの質から角度、トルクの駆動音に消音性の可否。細かい所を入念にチェックを入れてハイドラを最適化させていく。
　ガンブラー・ハザードは攻撃性を求めず、潜入作戦やウイルスの射出武装の装着、各地戦場の大型レーダーとしての役割を備えた機体である。通常のドンパチを目的とした攻撃的なハイドラは既に出尽くしており、それよりも戦場をサポートするのが目的として開発されている。
　技術顧問と呼ばれたアラブ系の男――K・K(ケー・ケー)は相変わらずよく通るバリトンボイスでオペレーターから電子データ形式の報告結果に眼を通す。

「ご苦労。2m近い大男のアンドロイドに将来的に乗らせるには――まあコストも相応にかかるが、AIの学習機能向上も兼ねている。何れは搭乗するアンドロイドの小型化も視野に入れたいところだな」
「はい。無人化や、バイクのみで自立する機構も欲しいですけど」
「自走砲の存在から追い抜くのは厳しいだろうがな」

　肩を竦めながら、課題が山積みの機体の状況をチェックする。まだまだテスト機体としては未熟の域を抜けず、様子見をしながらの対応を重ねている状態である。可否を決定するにはまだ早く、気長に様子を見た方が良いとの判断でK・Kは適時観察をオペレーターに命じた。

「……主任、現在のハイドラの競争で、私たちは可もなく不可もない結果なのですけど」
「それがどうした。たかが数回ですべてを測れるノウハウがあるなら話は別だがそんなものは貴様らに無いのだろう。せめて10回はテスト走行させてから同じ相談をすることだ」
「肝に銘じておきます……」

　ガンブラー・ハザードは未熟である。オペレーター自身も、乗り手もまた同じである。羅馬は一日して為らずといった有名な慣用句がその昔はあったが、まだまだ開発は黎明期に達したばかり。
　技術を閉じ込めてばかりのシェルターで、数少ない外の世界で戦い抜くにはあまりにデータが少ない。
　だから先ずは我武者羅にやってみろ。ほんの少し力なく、オペレーターはK・Kの声に頷いた。

次元潜行技術を利用したポータルの先にその酒場はある。


人工的な夜が織りなす眠らない機械都市。表通りではチップの回収のために甲斐甲斐しく世話をするロボットが道路を歩き、愛玩用に作られた見目麗しいアンドロイドがしなを作って男を誘う。
酒場ではハイドラのパーツを裏で取り扱っているだの、非合法組織だのといった噂話がつきないものの、大抵の客は酒を飲み、下世話な話を咲かせるだけだ。

ここは眠らない町にぽつんと立つ酒場。レトロチックな電気装飾が織り成すサイン。ジュークボックスからは古臭い音楽が気ままに流れている。
懐古に浸りたければいざ門を叩くといい。
権力と金に飽きたなら、せめて疲れを癒すが良い。ハイドラのパーツに一家言ある者ならば情報交換の場としても悪くはないだろう。

メガロポリスの酒場『ハック・アライブ』

メカニックの暇つぶしに開かれた酒場からは、今日もピクルスとマティーニがカウンターにおかれた。