ENo.0079　サディアス・ベッドフォード

「……アニキ、あの子帰っちゃいましたけど」
「仕方ねえだろ。あんなんじゃあ顔合わしたとこで話し合いにもなりゃしねえし」
「それはそうなんですが。……大丈夫ですかね？」
「さあな。まあまだ戦場には出るだろ、死んじゃいねえんだし」
「このままだとその戦場に出られるかどうかもちょっと……」
「そこはまあ、大丈夫だろ」
　肩をスパナで叩きながら『ブリキ屋』はちらと歪んだ操縦棺を見上げて。
「そこだけは這ってでも譲らねえよ、あいつは」



　――実に八度目ぶりのことであった。
　『リヴァイアサン』が、撃墜された。
　その戦場ではハッキングが進まず、敵機を落とすことなく撤退を余儀なくされたが些末な問題だった。
　大切なのは、それよりも前だ。

　『リヴァイアサン』が撃墜され、一瞬だけダウンしたシステムが再起動する、あの瞬間、あの感覚――再び”繋がる”没入感。
　深く入り込む、沈み込む、あの場所へと手が届きそうで、伸ばせば僅かに指先をだけ掠めて遠ざかる。
　足りない――それでも、十分だ。
　水面をいたずらに揺蕩うだけの、乾いた無為に比べれば。
　渇いた無為に比べれば。

　それほどに。
　それほどに。
　いつか辿り着く日を、心待ちにしている。



「……あ、ネルさん」
「こんにちは。……今日は、大丈夫？」
「……んー」
「エンジン周りの整備はもう終わってますよー。アニキが優先的に……であっ！！」
「わ。…………ありがとう、ブリキ屋さん」
「……流石にアレは引っ張り出したが。話してくか？」
「あれ」
　目を丸くしたネルに『ブリキ屋』は顎だけで奥の部屋を示したが、
「…………。大丈夫。たぶん、話すのは無理だろうし、それじゃあ意味がないから」
「……よく分かってるこった」
「いっぱいお話したから。……これからも」
「はいはい」
　好きにしろと掌を振られ、遠慮なく、そう頷いてネルは『リヴァイアサン』へと足を進めた。
　鉄の塊へと指先を触れる。冷たい鋼鉄に皮膚の対応を奪われて、しかしそれが、妙に馴染む。
　瞼を伏せた。



　――『持っていってしまった』のだと、『彼女』は語ったのだ。
　だから、その缺落は、やはり――。

大した儲けのないしがない整備屋。