ENo.0079　サディアス・ベッドフォード

　――深く、深く、潜っていく。
　意識を沈める。無骨で玲瓏、雑然と静謐、その奥に満たされた得も知れぬ滑らかでまろやかな滞留へと、埋没、同化、潜航。呼吸を合わせる。
　近づいていく。

　――こんにちは

　――はじめまして

　――お邪魔します

　――あなた　は　だあれ？



「……彼女、何してるんスか？」
「俺が知るか」
　レオの心配は杞憂に終わった。ネルの用事は確かに『ブリキ屋』にあったが、『ブリキ屋』と言葉を交わしたかったわけではなかったらしい。
　凶相を隠しもせずに顔を出した『ブリキ屋』に向かって彼女は簡潔に伝えた。

　――『彼女』を見たい、と。

　要するに『ブリキ屋』の許可が欲しかっただけらしい。流石にそれはレオの承諾では無理と理解できる程度の分別は彼女の中にもあるらしく、しかし。
「大丈夫なんですかね……」
　『リヴァイアサン』から今は取り外されている鉄の塊――そのための機構も組み込まれているはずがないのに僅かなエンジンを生産し続ける鉄の棺――へ、女は身体を凭せ掛けると掌を這わせ、額を合わせた。それからずっと黙り込んだまま動かずにいる。
「ま、壊せやしねえだろ」
　『ブリキ屋』の出した条件、強い打撃は加えない、動かさない、を彼女は遵守しているが、それも念の為、というよりはむしろ手放しの許可を嫌がっただけで、工具も持たぬ女の細腕で壊せるようなパーツであればとうの昔に戦場で完全なるガラクタと化しているに違いない。
　という方を心配したのだろうと適当な相槌を返した『ブリキ屋』だったがレオの表情は優れず首を振り。
「いや、ていうか、なんか怪我しそうで。……冷たくないんですかね？」
「イカれてんだろ」
「……アニキ、なんか恨みあるんです？」
「赤毛の女は嫌いだっつったろ。視界の端うろつきやがって不快ったらねえ。年上ならまだしも年下は最悪、見窄らしいナリはもっと悪い」
「……着飾ってたらいいんスか」
「殺したくなるかもな」
　『ブリキ屋』は新しい煙草を咥えながら顔を顰めた。

「……しかしまー、あいつは、あれかね」
「だれスか？　どれ？」
「女。霊障」
　火を点けたばかりの煙草の先を女に向ける。
「………？」
「アレの本来の乗り手が喉から手が出るほど欲しがってる適性ってやつをアレは持ってんのかね」
「適性？　て、あーと、霊障を扱う素質っていう」
「そ」
　霊障――残像領域に特有な不可思議現象。ウォーハイドラを扱う者たちにとっては無縁とはできぬそれだが。
「……え？　じゃあ彼女、ハイドラライダーなれそうってことで――いでっ」
「誰がンなこと言ったよ」
　早まるな、レオの額を指で強めに弾いてから『ブリキ屋』は目を眇め。
「霊障を感知する能力が高いのとライダーとしての素質は別だろ。多少役には立つかもしれねえけど、あのどんくささじゃなあ」
「でもアニキがライダーやってた頃もう脚なかったんですよね？」
「脚はあるわ今でも。……片方だけど」
「あいでっ」
　硬い義足で蹴りを入れられると一際に痛い。こういう容赦のなさがなぁ、と目の端に涙を滲ませながら零すレオの言葉は当然に無視された。
「……ま、でも、なれるかなれないかで言や無理じゃねえだろ」
「あれ？　意外と高評価スね」
「ウォーハイドラに乗って戦場に出られりゃあそれだけでそいつはライダーだ。どんなクソガキだろうが世間知らずのお嬢様だろうが、果てはバケモノ、時に動物」
　或いは、と紫煙を大きく吐き出して。

「――一見はモノ言わぬ棺でしかないとしても、戦場でウォーハイドラを駆る者は、みんなな」



「ライダーになれたところでヘボは死ぬだけって話でもある」
「あーまあ結局そういうやつですよねー」

大した儲けのないしがない整備屋。