ENo.0432　Lloyd

「ジル、手を握ってもらえないか？」

食後、マグを置いた男は徐にそう切り出した。ゆっくりと踊らせた指を面白くもなさそうに眺めてから、掌を上に向けたままジルの方へと差し出した。

「えっ？　……はい」

唐突な申し出に戸惑いながらも、ジルは穏やかに微笑んで差し出された手を両手で包んだ。何を言われたでもなく、汗一つ滲んでいない皮膚の下から筋肉の張った男の手指を撫でるように擦った。

「うん、ありがとう。ひとまず大丈夫そうだ」

己の手を包むジルの柔らかい手を眺めながら、男は手を引っ込めないまま頷いた。ジルはゆっくりと擦る手を休めないまま男を待った。ここまできて隠し立てをしてくるとは思わなかったが、男に訪れたであろう問題を断固として聞き届けるという意志を態度で示したのだった。

「手と足、末端の方だな……感覚が大分鈍くなってきたように思えるんだ。
　こうして君に触れてもらっているところははっきりとわかるのに」
「……うん」
「動かすのに問題は無いけど、或いは負担でも溜まったのかもしれない。
　ドゥルガーの一撃を受けた直後は平気だったんだが、後から来るダメージというものもあるからね」

何の痛痒も感じさせないように努力したつもりだった。平然と開いた口に反し、ジルの手に包まれた己の手は微かに震え、男は情けない嘆息を漏らした。その間ジルはただ男の手をじっと見つめながら擦っていた。

「……お医者には見てもらわないの？」
「今の俺の体だとちょっと勇気がいるね。物珍しさの余りホルマリン漬けにされるのだけは勘弁だ」

仮に信頼できる医者を頼ったところで、ドクターストップがかかってしまってはたまらない。そもそも遺跡の外に出る余裕も無い。遠回しにジルを一人で戦わせるつもりだけはないと伝えていた。

「まあ、大丈夫だよ。元はといえば失くした手足だ。
　勿論今後も十全であるに越したことはないけど、無いなら無いで何とかするさ」
「私だって人のことは言えないけど……リーがそういうと流石に怖いね」

茶化したように薄く笑う男に、ジルは少しむくれてみせた。本当は心配でたまらないのだろうな。畜生。本当にありがたくて困った話だ。

「二人で生き残る。その目標の経費と割り切るつもりも無い、けど。
　少なくとも俺は君より死にづらい。まずは自分の身を守り切ることを頼むよ」
「もう、リーもだよ！」

はい、おしまい！と口を尖らして、ジルはリーの手を離した。離す時、ほんの僅かに、躊躇うようにその柔らかい指先が男の手をなぞった。震えは止まっていた。

「ありがとう。約束は守るよ」

16回日記後の内容を後ほど掲載します。（時系列は15回戦闘結果→16回日記→本文→16回戦闘結果）

https://www.dropbox.com/s/0z0ynse3rg75tts/16_greywolf.txt?dl=0